第 97 話
     2年という月日
     

 2年あれば、人はかなりたくさんのことを忘れることができる。いや、忘 れるというのは適切でない。昔のけっこうきつい出来事も、心の奥の引き出 しにそっと入れておけるようになる。

 あの事件から2年が過ぎ、確実に人々はあの辛く重くどうしようもない思 い出を、ようやく心の奥にきちんとしまい込めるようになった。今年の表面 上は普段と何も変わらない911に、私はそんな印象を強く持った。

 あんな衝撃的な出来事は、早く忘れるべきなのか、いつまでも覚えておく べきなのか。時々友達とそんな話をした。「忘れられるものじゃないよ、忘 れたくても。でもいつまでもしっかり覚えておくべきことじゃないよ、つら すぎる」。大きくため息をついて、私たちは黙ってしまう。  

 ところで、何か大きな事件が起こると、すわっ、テロか!と反射的に考え るようになってしまった。ついこの間のBlack outの時も、ほとんどの人が テロのことを条件反射的に考えたに違いない。そして当然911のことが脳 裏に浮かんでくる。で、どうするか。地下鉄が止まった、電話も通じない、 ならしかたがない、ともかくここはひとまず落ち着いてあきらめて、なんと かみんなでやり過ごそうじゃないかと、かなり多くの人が、心でうなずき合 ったに違いない。私はそういう運命共同体のようなものを確かに感じた。

 それがあの911の事件を通過したことによって生まれた、とは言わない けれど、でもあの時に、生き延びるための方法をひとつ学んだことは確かだ。 そしてその方法ってのはなんとまあ、「分かち合う」ってことなんだ。そう、 助け合ったり慰め合ったりすること。そんなウソっぽいようなおっ恥ずかし いようなことをしなければ、大事が起こった時に生き延びるのは大変だと気 がついてきた気がする。なかでも特に、感情を分かち合うことの重要さに。

 またテロは起こるかも知れない。みんなそう感じて暮らしている。でも、 覚悟はできてるもんね。ま、しょうがないよな。でもまあ、その時にはその 時のしんどさを分かち合える人がこんなにいるさ。そんな気分なんじゃない だろうか。そして、いざという時にはいつでも取り出せるように、あの日の 感情の記憶をみんなひっそりたたんで持っている。

 きょうは私のダウンタウンのアパートのすぐ近くから、2本の青白い光が まっすぐ夜空に伸びているのが見えた。心なしかその光のラインは、それが 初めてライトアップされた頃より鋭く強くなったような気がする。その2本 の光ラインからふと目をそらして道の反対側に目をやると、ドアも窓も開け 放されたバーから騒々しい音楽と嬌声が聞こえてきた。

 でも、みんな忘れたわけではない。それが証拠に、笑いさざめきながらも その視線は時折その2本の光に向けられている。決して忘れたわけではない んだ。ただ、折りたたんでしまい込んでおいたあの時の感情を、今のところ は、ほんの少しだけ広げてみるくらいにしておきたいんだ。だって、全部広 げてしまったら、涙でこの光のツインタワーが滲んでしまうから。私にはみ んなのそんな気持ちが痛いほどわかる。

home
essay contents