第 94 話
     ダイエット
 

 先週あたりだったか、ある日ここニューヨークは春をぶっちぎっていきな し夏になってしまった。きのうまで厚手のレザージャケットを着ていたのに、 きょうはさみしいタンクトップの身、てな感じであります。

 さて、みんなあわてふためいた。突然夏になんてなられたら、困るのであ る。冬の間にでっぷりついてしまったお腹や二の腕の醜い脂肪を、何の心の 準備もできてないうちに、さらけ出さなければならなくなったのだ。通常な ら、今頃からみんな少しあわててジム通いを始めたり、ダイエットをスター トさせるはずなんであります。ところが、そんな時間的猶予もなく夏が来て しまった。(ちなみにその後またいきにり冬に戻ってしまったんだけど。)

 情けない話なんだけど、私はこの冬の間におそらく10パウンドは増やし てしまったのだ。おそらく、というのは、半年くらい前に、久しぶりに着よ うとした昔のスカートが入らなくなってしまい、その時恐怖のあまり体重計 を隠してしまったから正確なところがわからないのだ。

 しかし、この冬の間の脂肪のつき方は尋常でなかった。お腹が3段、いや 正確に言うとむっちり厚みのある3段になり、その3段腹の上には丸くでっ ぷりと胃の形に脂肪がたまり、さらに太股がひとまわり大きくなってしまっ た。その上歩くたびに上腕がたわわんたわわん、と揺れているのが振動でわ かる。笑うと二重顎になっていることに気がついた時はさすがに愕然とした。

 これは何とかしなくてはいかん、とはこの冬の間一度もあせってもいなか った。まあいいわ、冬はどうせ見えやしないから、まあ春になったらダイエ ットやろうっと、なんて悠長に構えていたのだ。

 さて、そういうわけでやっとここからダイエットのお話であります。とこ ろが回りの日本人に聞いてみたら、日本にいた時のように熱心にダイエット に取り組んでいる人なんていないようなのだ。

 かく言う私もそうだ。日本にいた頃は、身長151センチで体重42キロ だったんだから、これって今思うとちょうどいい重さなんだよね。ところが、 その頃の私は、自分は太り過ぎだと信じていた。全くこわい話だけど、あと 5キロは落とさなければいけない、と本気で気にしていた。

 あの頃はいろんなダイエット法にトライしたものです。たとえば、グレー プフルーツとゆで卵だけを毎日3食2週間食べ続ける、というダイエット。 これはなんと5日間も続けられたからよく覚えています。このときは力が出 なくなり、貧血状態になってしまった。あと、油抜きダイエットもやった。 これは肌がかさかさになってしまった。そうそう、食事の前にお水で溶いて 飲むとお腹を膨らませるところてんみたいなものもあったなあ。そういう類 のは一通りやってみたものです。私だけでなく、あの頃日本ではダイエット が過剰に流行していた気がする。

 そして最後に行きついたのが、下剤でありました。ピンクの小粒のコーラ ックですね。あれを毎日飲んでいた恐ろしい時期があった。もう最悪でした。 毎朝お腹の刺すような痛みで目が覚める。ピーピーゴロゴロのお腹を抱えて トイレにかけ込む。でも、それで太らないですむなら、とホッと安心してい たんだから、今思うともうこれは一種の心の病気にかかっていたとしか考え られない。

 不思議なことに、ニューヨークに住むようになってからというもの、コー ラックはもちろんのこと、ダイエットというものを一切しなくなりました。 この頃食べ過ぎてるなあ、と思うと少し控えたりはしていたけれど、何か特 別なダイエットを一大決心して始めるみたいなことはなくなってしまった。

 「久しぶりに日本に帰ったら、みんなに太った太ったと言われて、初めて 自分はデブになったんだ、と気がついたよ。アメリカにいたら私は普通サイ ズなんだもん」とヤスコちゃんは少し落ち込んでいる。彼女はここに来て5 年間で10キロ太ったそうなんだけど、決してデブではない。日本にいる時 は超ヤセだったんだろうなあ、と思うけど、本人いわく、「普通サイズだっ た」そうな。

 そうなんだよね。ここにいると、なんだかまだまだダイエットの必要なし、 って安心してしまえる。ブラックのおばちゃんのどわんどわんのお尻のサイ ズを見よ。胸のでかさなんかも恐ろしいものがある。さすがにスキニィな女 の子は昔よりずっと増えてきたけれど、それでもやっぱり元々の骨格やサイ ズが違うみたいだ。

 とはいえ、今回はちとまずいぞ。去年の夏着ていた洋服がすっかり入らな くなってしまった。水着なんて悪夢だ。もちろんデブのままでは日本になん てとても帰れない。この夏、一大決心してダイエットをやるしかないところ に追いつめられている私です。  

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