第 93 話
     プラー様
 

 バケーションに行くある知り合い夫婦からネコの世話を頼まれた。快く引 き受けたまではよかったが、実はこのネコ、相当の食わせものでありました。

 彼らに連れられてやって来た時、プラーという名のこのメスネコは、ミャ ーミャーとかわいい声でさみしそうに泣いていた。黒と白地にパンプキン色 が混じっていて、ものすごくかわいい、とは思えないが、まあそこそこにか わいい奴であった。

 ところでこの夫婦は、でっかい爪とぎ用の木から始まって、定番のネズミ のおもちゃまで一式持参してきた。缶やドライフードはもちろんのこと、お やつ用のスペシャルフードも何種類も用意している。トイレの容器も巨大ネ コ用かと言いたくなるようなスーパーラージサイズである。これは、かなり 甘やかされているに違いない。とすでにいやな予感がする私でした。

 さて彼らが去るやいなや、プラーの態度は豹変した。くんくんと部屋中を 嗅ぎ回り自分のテリトリーを確保するや、ドカッといちばん高価なチェアの 上に飛び乗って、ひねもすのたりのたり状態に体を横たえた。そして上目遣 いに私を眺めて、なんと「グワワー!」と叫んだのだ。そう、最初ミャアア と心細げに泣いていたのは作り声だったというわけだ。本当の地声はグワワ ーという醜いカラスの濁声でありました。

 そして翌日。私はこいつの小さいウンチが、巨大ネコ用トイレからかなり 離れたところに転がっているのを発見した。あやうく踏んづけるところだっ た。でもなんでこんなところに転がっているんだろう、と不思議に思いつつ、 ティッシュペーパーでウンチをつまんで捨てた。ところがまた翌日、今度は もっと離れたテーブルの下にウンチを発見。そして、ついに私は見た。

 プラーはトイレから器用にウンチをけっ飛ばして外に出し、両手両足をこ まめに使って自分のウンチでサッカーをしているではないか。集中している せいで瞳孔が開いた瞳はきらきらと輝き、尻尾でうまくバランスをとって、 それはもう楽しくてしようがないという感じである。柱の陰からその様子を こっそり見ていた私は唖然として、言葉を失った。

 そもそもネコという動物は非常に清潔好きであります。ウンチやオシッコ の匂いや存在をとてもいやがる。だからせっせとその上に砂をひっかけて人 様に見せないようにするものなのよね。

 なのに、一体何なのだ、これは。こんなネコ、見たことがない。こんなに 堂々としあわせそうに自分のウンチと戯れるなんて。たとえばご老体でウン チやおしっこを垂れ流してしまうというなら、しかたがない。でもこいつは 生まれて6年のしゃんとした大人ネコなのである。していいことと悪いこと は教えなければいけない。

 そういうわけで、私は3度めにウンチに蹴りを入れてトイレから外に出し たのを目撃したとき、ついに首根っこをつかんでウンチに鼻先を押しつけて、 これは臭いものなのだ、これは蹴りを入れるものじゃないのだ、と強く教育 した。プラーは醜いカラスの濁声で泣き叫び、その日はずっと部屋の隅っこ で小さくなっていました。ところが、こいつはとんでもないかたちで仕返し してきやがったのだ。

 その翌日、大切な訪問者があった。この大切な訪問客がブザーを押し、今 まさにドアを開けて入って来ようとしたその時、である。なんと、プラーが ウンチをキックしながらドアに突進してきたではないか。そしてドアが開い たその瞬間、私はプラーのキックしてきたウンチをあやうく足でブロックし、 その足の裏であわてて踏んで隠したのでした。笑い事ではない。こんなもの を友達でもない人に見られたら一体何だと思われることか。まさに冷や汗も のでありました。

 さて、そんなこんなで約束の一週間が過ぎ、夫婦がプラーを受け取りに来 ました。ウンチ・キック事件をしっかり包み隠さず伝えた。ら、「実は、プ ラーは家でもカーペットにオシッコをしまくり、僕たちも頭を抱えているん だ。ごめんね、隠していて。でもウンチまで来たか…」と告白するではあり ませんか。

 なんでも彼らは高いカーペットに何度もオシッコされ、そのたびにクリー ニングに出しては毎回300ドルもチャージされ、困り果てているとのこと。 もちろんきつく叱っておしおきしているんだけど、一向に効き目がないらし い。こういう行動をネコがとる時は、その精神に何か問題があるとしか考え られない。

 私たちは一斉にハーッと溜息ついて、プラーの顔を見てしまった。すべて をお見通ししているに違いないプラーは、ミャアアン、と例の作り声でかわ いく泣くのでありました。そういうわけで、ついに彼らはプラーをネコセラ ピーに連れていくことを真剣に考えています。残念ながらそれがいちばんい いと私も同感。ネコも心が病気になってしまう時代なんだねえ。  

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