第 92 話
   タイレストラン論
   

 久しぶりに、あるお気に入りのタイ・レストランに行ったら、なんとコンストラクションのおじさんたちがお店を取り壊していて、私は呆然と立ちすくんでしまった。イーストビレッジにあったそのレストランは、安くておいしくて、働いているタイニーズのかわいい女の子も男の子もカウンターに座っているだけのおばさんもゲイのマネジャーも、みんなファミリアでとてもうれしいお店だったのに。もう悲しくてがっくりしてしまった。

 そのレストランには、カコちゃんやアツコさんや、インド人のスーダや、ともかく辛いものに目がない連中を一人残らずひっぱっていった。みんないっぺんでそのお店が気に入ってしまい、感謝感激されて私は鼻高々になっていたものです。見た目は決してかわいくも何でもない普通のお店でして、客の入りもそんなにいい方ではなかったけれど、数少ない常連客で持っているようなお店でした。

 カコちゃんが日本に帰ることになった時、最後に二人で選んだのはやっぱりこのレストランだった。「もうこのレストランに来れなくなるのがむちゃさみしいよ、私は。」「金貯めて、またニューヨークに来ればいいじゃん。このお店はちゃんとあんたが帰ってくるのを待ってるからさ。」なんて会話を交わしていたのに、カコちゃんが金貯める前に、お店はクローズしてしまったというわけです。

 さて、私やカコちゃん、アツコさんといったレゲエの友らは、そろって激辛タイフードに目がないのであります。そういうわけで、タイレストランにはちょっとうるさい。いろいろ試してみたけれど、マンハッタンにはこれぞとお奨めできるタイレストランはもう他にない。ほっぺたが落ちるくらいおいしくても、高くてお気軽に通えないようなお店は私のお奨めには入れてあげられない。逆に、信じられないくらい超安いお店というのは、マンハッタンにはないので、これも論外であります。

 実は少し足を延ばしてブルックリンまで行くと、私のもうひとつのお気に入りのタイレストランがあります。そのレストランにはもうかれこれ四、五年前からよく通っていた。ここもイーストビレッジのお店に引けを取らないくらいリーズナブルでうまいお店でありました。ぷりぷりのエビがいっぱい入ったパドタイを、端の欠けたお皿にてんこ盛りにして出すようなお店で、狭苦しい店内のがしゃがしゃした空気がよかった。壁には近所に住む売れないアーティストの描いた絵や写真が飾ってあった。そうそう、コミュニティーの掲示板もあったんだ。サブレットやアルバイト、売ります買いますなんかのチラシがせまい壁にぎゅうぎゅうに貼ってあった。そういうお店だったんだよね。

 ところがある日気がつくと、このレストランは最低一時間待たなければいけない系の、ちまたで話題のお店になっていた。場所がいけなかった。ウィリアムズバーグという、アーティストたちの住むちょっとかわいい場所にそのお店はあったんだけど、そのウィリアムズバーグがどんどんおしゃれな場所として注目され、ついには、今いちばんホットな場所、なんていろんな雑誌に出るまでになってしまった。

 そして、つい先日のこと。イーストビレッジのお店がクローズしてしまったので、久しぶりにそのウィリアムズバーグのレストランに行ってみて、うそだろー、と驚いてしまった。なんとまあ、ソーホーにあるようなロフトの、おしゃれなうす暗いレストランバーに変わっているじゃないの。

 高い天井には意味不明の木のボートがぶら下がり、黒いテーブルの上ではキャンドルが揺れ、私の嫌いなクラブミュージックが流れ、メニューもタイだけでなくスシやら枝豆といった日本食が加わったあやしいお店に変わってしまった。一時間半待ちと言われて、ああ相変わらずやっぱり人気のお店なんだ、と取り残されたような気分になりました。

 クローズしちゃうのも、すっかり変化しちゃうのも、どっちもさみしいものがあるけれど、こうなるといさぎよくクローズしてくれたほうがよっぽどいい、と勝手な発言をしたくなります。そのくらい変化してしまったそのレストランには、ああ見たくない、と顔をそむけたくなるようなものがありました。

 それにしても、こんなこと言うようになったのも、私もいよいよニューヨークの住人になって来たせいなのかもしれない。いいのか悪いのかわかんないけれどね。    

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