第 91 話
   国民年金
   

 田舎のお母さんから、あまりおもしろくない内容の手紙が届いた。

 『先日、国民年金の人から通知がきていて、銀行に残高不足のため自動引き落としできないそうです。どうしましょうか。もしやもうお金がなくて支払えないなら、お母さんが払っておいてあげますので、正直に言ってください。もちろんそうでないことを祈りますが。』

 こういう内容でありまして、読み終わった私は手のひらからどわーっと、一気に汗が吹き出してしまった。ご存じのように、国民年金をあてにする時代はもうとっくの昔に終わっていて、国民年金で優雅な老後を過ごせるなんて日本国民のひとりとして期待しちゃいない。

 ところがうちの母親ときたら、「いいですか。銀行がつぶれても、生命保険会社がつぶれても、日本という国がつぶれることは絶対ないのです。だから国民年金だけはどんなことがあっても払い続けなさい。解約なんてしたら、お母さんは許さないですよ」という内容の手紙を、ことあるごとに送ってくる。国民年金を解約したら、親不孝者になるというわけで、毎日の暮ら しにすら困っているというのに、私はこのお荷物を解約もできず、それでもきょうまではなんとか払い続けてきてしまったというわけです。

 みなさんご存じでしょうか。私らのように海外にいて日本で自分で払えない人たちのために、国民年金協会が代行して銀行口座から引き落としてくれるのです。私は、ほんのわずかだけだがお安くなる一年間の一括引き落とし払いをお願いしている。まだお金がたんまりある頃に銀行にしっかり預金してきたつもりだった。

 ところが、それがとうとう残金がなくなってしまったらしい。らしい、というのも、日本から遠く離れてこんなところで暮らしているため、銀行の残高もよくわからなくなっているのです。しかし銀行に残高がなくなってしまうような、そんなことがこの私に起こるとは、日本にいた頃には想像もできなかった。それどころか、年老いた母親にお金を出させるような情けないところまで、私はおちぶれてしまったのだろうか。

 さてそういうわけで、この国民年金残高不足事件をきっかけに、私は今までの人生をおそるおそる、ぐるりんと振り返ってみたのです。だがしかし、人生なんて振り返るもんじゃないのよね。 

 私は、正直かなりぞっとした。「もし、あの時あのオトコと結婚していたら、今頃私は3人くらいガキのいる主婦やって、平凡だけどしあわせな人生やってたにちがいない」「もし、あの時グリーンカードなんて当たらなければ、今頃私は広尾あたりにマンション買って、カリブの島なんかしょっちゅう旅行して、優雅なシングルライフをやってたにちがいない」「いやいや、たとえニューヨークに来てしまったとしても、もしあの時みんなの言うこと聞いて、コンピュータで何か手に職つけておいたら、今頃私は少なくとも銀行の残高なんて気にすることはなかったにちがいない」そう、「もし…だったら今頃私は…」の後悔オンパレードなんだよね。

 あの時ああしていればよかった、あーあ。なんてうしろ向きなことは、普段はめんどくさいので深く考えたこともなかった。でも、これを一度やりだすと、もう止まらない。今の自分はどこかでどんどん道をそれてしまって、誤った人生をやってきてしまった、というところに行き着いてしまいます。現在のほうが昔より数段安定していてシアワセ、と言えるのが人生のはずなんだけど、うまく人生という階段を間違いなく一歩一歩登ってきたような人なんて、ほとんどいない気がします。

 しかも「もし…だったら」というのも、結局はそれなりの理由があって、いや理由なんてなくても、ともかく自分が選ばなかった道なわけで、そのことをケロッと忘れてしまっているのは、その時の自分に対してかわいそう、てなもんです。

 でも、もういい。もう遅い。もう、そういう過ぎてしまったことはどうでもいいのだ。そんなことより今はひとまず、せめてお母さんに顔向け出来るように、国民年金くらいちぁんと払える人になろうじゃないか、と深く反省する私です。

*この後しばらくして、負担の重さと見込みのないものを払い続けることのばかばかしさに、結局国民保険は解約しました。ほっ。  

home
essay contents
next