第 87 話
   みんな、さみしい
 

  月日はあっという間に過ぎ、またホリディシーズンがやって来ましたね。このシーズンには、サンクスギビングやらクリスマスなんて行事があるわけで、それでなんとかみんなの気分を盛り上げて、暗い冬を乗り切ろうとしている感もある。でも実はこれは逆効果というもので、たとえばサンクスギビングが近づくと、自殺者がいきなし増えるそうだ。

  もともとサンクスギビングなんていうもののない日本人には、そんなに気になる行事ではないから救われるけど、家族も恋人もいないアメリカ人にとっては、それはさみしい日でありましょう。「おまえは暖かいファミリーもいない、孤独なかわいそうな奴なのだ」と世間からつまはじきにされてしまった気分にさせられる。

  4年前のサンクスギビングは悲惨だった。私のまわりで悲しい事件がいくつか続いた。この冬は記録的な大雪が何日も続いたのを覚えている。私はストリートをスキーで通勤している人を見かけたんだった。そのくらい恐ろしくどんよりした、閉じこもるしかないような厳冬でした。

  悲しい事件のひとつは、ある知り合いのアメリカ人の男の子の友達が、失恋して自殺してしまった。まだ20代だというのに。それがサンクスギビングの少し前の日でした。この失恋が夏だったら、彼も死んだりしなかった気がします。

  そしてもうひとつは、私の住んでいるビルディングで、イタリア人のおじさんがやはりサンクスギビングの少し前に自殺してしまった。私はアルバニーの田舎に家族のいる友達宅にお呼ばれして、ターキーをたらふく食って、すっかり楽しんで帰ってきてからこの事件を聞き、本当にショックを受けてしまった。

  実は私はその一面識もないイタリア人のおじさんが亡くなった数日後、彼のアパートをのぞいたのです。管理人さんが部屋をあけて中に入れてくれた。このいきさつは長くなるので省略しますが、ともかく私はこわいもの見たさもあって、恐る恐るその部屋に入ったのでした。

  クローゼットやキッチンの棚など、扉という扉が乱雑に開けっぱなしになっていて、ペーパー類やがらくたが床にちらかっている。まるで盗人に入られたみたいだ。「ひどいだろ。これ、亡くなったこの部屋のおじさんの娘が来て、何か金目のものが残ってないか、片っぱしからドアや引き出しを開けて、捜していろいろ持って行ったんだよ。まったく実の父親が自殺したというのに、涙ひとつこぼしてなかったよ」。

  管理人さんはそう話しながら、思わず泣いている。自殺したおじさんとは、毎朝「おはよう」とあいさつを交わして立ち話をしていたそうだから、彼の悲しみもよくわかる。誰もおじさんに娘がいることも知らなかったそうで、父親の自殺で初めて登場したというわけだ。

  「彼の姿をこの頃見かけないし変だなあ、と思って部屋をノックしてみたんだけど返事もないし、何か悪い予感がしてポリスに連絡したんだよ。それで自殺しているのが発見されたんだけど。家族ももう何年も彼と連絡をとっていなかったらしいし、ひとりぼっちでかわいそうな死に方をしてしまって...」と、管理人さんはまた涙を拭っている。おじさんは、離婚して一人暮らしをしていたらしい。ところが、働いていたレストランをクビになり、レントも払えなくなり何カ月も滞納していて、翌月には出ていかなければならないところまで追いつめられていたそうだ。

  窓際のテーブルの上に、おじさんのアドレスブックを見つけた。ちょっと気が引けたけどパラパラとめくってみた。しかしそこにはたった3人の名前が書かれているだけで、しかもそれがすべてイタリアのアドレスと電話番号だった。おじさん、ニューヨークに友達もいなかったんだ。イタリアからこの国に移民してきて、誰かと結婚し、娘ができ、ファミリーを持ったのだろう。でもそれも失い、友達もいなくて、とうとう仕事まで失ってしまった。おそらく英語もそんなにしゃべれず、アメリカという国にもうまくなじめず、かといって今さら生まれ故郷のイタリアにも帰れない貧しい移民のひとりだったんだろう。そういう背景と事情が推測できる。私に話してくれたらよかったのに、と会ったこともないこのおじさんを責めたくなりました。

  サンクスギビングがおじさんを押しつぶした気もします。孤独であることを身につまされてしまう日。サンクスギビングは悲しい。でも、おじさんの事件で駆けつけたポリスが言っていたそうだ。「サンクスギビングだけじゃないよ、毎日毎日どこかで誰かが自殺しているんだから。みんなさみしすぎるんだよ」。あーあ、落ち込んできた。ごめん、暗いお話で。いつも同じことしか言えないけれど、どんなになってもいいからともかく生き抜いていたいものです。  

home
essay contents
next