第 86 話
    ツいてない

  この頃なんだかツいてないなあ、となんとなくいやな感じがしていたんだが、とうとうやられた。日本食レストランでバッグを盗まれてしまった。イスの後ろにバッグを引っかけて、その上にジャケットをかけて、のんびり食事をしている間にであります。

  いまだにどうも信じられない。だって、私の目の前にはテーブル越しに友達が座っていたし、彼女だけでなく、同じく何人もお客さんが私の向かい側に腰かけていました。しかも店内は昼間のように明るかったんだから。そんな一目瞭然な状況で、誰にも気がつかない間にバッグを取っていくなんて、これはもうプロの仕業としか考えられない。

  当然あるべきところにあるはずのバッグが、あっという間に消えてしまったことで、冗談抜きで、私は開いた口があんぐり開いたままになってしまった。「あはは、ウソだよな。あは」という感じ。うっかり屋さんの私のことだもの、何かの拍子に床に落ちてしまったんだ、としばらく床にはいつくばって、お客さんの足の間を探し回ってしまった。そのくらい、「盗まれた」という のが信じにくいシチュエーションでした。

  私の目の前に座っていた友達も何も気がつかなかったと言う。お店のオーナーにすぐ話したけど、「ええっ!そんなー!うちのお店で盗難なんて5年ぶりですよ」と驚くだけ。もしやキャッシュだけ抜いてバッグはポイしてくれたかも、と盗人の最後の善意を信じて、近場の道ばたやごみ捨てを探し回ってみたけれど、もちろんそんなのは甘かった。

  突然降ってわいたこの悪夢。本当ならその後友達とお茶して映画でも観て、と考えていたのに、そんなものはもはや遠い夢のようなお話。すごすごよろよろお店を出て、真っ白になった頭の中がようやっとバッグの中身を思考するまでに回復し、またガーンと打ちのめされた。

  キャッシュ約40ドル。くそっ、普段なら絶対こんな大金持ち歩いてないのに、なんでまたこんな時に限って。メイクアップ用品の入った薄汚れたパウチ。中身も大切だったけど、ああ、あのよれよれの皮のパウチ、もう10年くらい使っていたお気に入りだったのに。とほほ。

  そして、お財布。中にはクレジットカードにキャッシュカードはもとより、免許証も入っていた。ああ、電話して停止してもらったり、作り直しに出向いていかなきゃいけないんだ。ああ、めんどい。他にも読みかけの本とか、食べかけのチョコとかも入っていた。アドレス帳もだ。悲しい。悲しすぎる。

  そして最悪だったのが、アパートのカギであります。もちろんバッグの中にはカギが入っていたわけで、このためにロック・スミスに電話し、200ドルもぼったくられてもカギとなればしょうがない。友達に銀行に行ってもらって、お金を借りて支払うしかないのでした。

  こんな目に合ったのは、ニューヨークに来て初めてだったのよね。盗難なんてダさいことが、この私に起こるはずないじゃん、とたかをくくっていました。そういうのって、ツいてない奴に起こることだわ、なんて悠長にかまえていたら痛い目に合ってしまった。これで盗難保険にでも入っていたらまだ救われたんだけど、保険も3カ月前に切れてしまっていた。そう、ツいてない時ってこんなものよ。

  そうか、私はとうとうツいてない人間にまで落ちぶれてしまったってわけかあ、と思ったら、もうこの世も終わりみたいな気分になってしまった。何にも悪いこともしていないし、地味にちまちま生きている人間が何でこんな目に合うのやら。こういうことがあると、神様のバカたれ〜、と天に向かって叫びたくなります。

  「じゃあ、この間ジムで1、000ドルキャッシュで盗まれた私はどうなるのよ。しかもその後、ラップトップのスクリーンが壊れて修理に1、200ドルも払う羽目になって、その上フェデックスで送った大切な仕事用のネガをなくされ…」とクミコは、私の方がすごいもんね、といわんばかりにツキのなさをあげていく。ちなみに1、000ドルなんてお金、もちろん普段の彼女なら持っていない訳で、これは仕事を手伝ってくれた人たちへの支払いキャッシュだったそうです。

  彼女もまだ精神的に立ち直れないでいるそうだ。わかるなあ。彼女も確かにいろいろ起こりやすい人であります。そしてなぜだか、ツいていない時っていうのは、災難のようになすすべもなく、次から次へとどんどん続けざまに起こることが多い。

  ポリスレポートを出しに行った帰り道、宝くじが当たるほどにツいている人にならなくていいから、せめてツいてない人間にはしないでください、とさっきまでバカたれ呼ばわりしていた神様にお願いするのでした。ツキに関しては、神頼みしかないもんねえ。

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