第 83 話
  カコちゃん
 

  このところ私のまわりは、ばたばたと帰国ラッシュである。友達たちが続けざまに日本に帰国することになってしまい、残された私としては、悲しいというより腹立たしくてたまらない。

  だってみんな日本に帰りたくて帰るわけじゃない。そう、ビザ、ビザのせいなのよ。みんなビザ切れ。これ以上いるとイリーガルになってしまう。そういうわけで、みんなしかたなくニューヨークから去っていく。まったく腹立たしい。何が世界はひとつだあ、であります。

  さて、仲良しのカコちゃんもついに帰国してしまった。彼女とは何度かジャマイカに一緒に行った仲だったから、本当にさみしくなってしまう。私がニューヨークに来て1年後、彼女は会社をやめて突然こっちにやってきた。

  私を慕って追ってきた、わけではもちろんないわけで、ニユーヨークならジャマイカに近いからひんぱんに行き来できるに違いない、という魂胆があったからである。かくいう私もその口だったんだけどね。そんなにジャマイカが好きなら、そっちに住んでしまえばいいのに、と人は簡単に言ってくれるが、7回もあそこに行った私だから言えるのだけど、ジャマイカは無理だ、私にはあそこで暮らすのは、とっても無理。基本的に、蚊とか蛾とか蜘蛛とかとの共同生活が私にはできない。

  話がジャマイカの巻になってしまう前に、元に戻しましょう。ともかく、そういうわけで突然やって来たカコちゃんは、また突然、「実は10日後に日本に帰ることにした」と、突風のように去って行ってしまいました。

  さて彼女が去る5日前に、二人のお気に入りのタイレストランに行った。そしてなんだか会うのも久しぶりだねえ、と話しているうちに気がついた。なあんと私たちってば、久しぶりどころか9カ月ぶりだったのよね。

  「日本にいるときはもっと会っていたよねえ。お互いにむちゃくちゃ忙しかったけど、仕事の後で夜中に待ち合わせて、一緒に青山や麻布のレゲエのクラブに行ったりしてたしね」と、あの頃を思い出しているうちに、少し情けなくなってしまった。

  カコちゃんがニューヨークに来て以来、なんだかあまりに近くにいすぎて逆にまあいつでも会えるもんね、と悠長に構えてしまい、それが命取りになってしまった。でもこの感じってわかりますよね。東京に住んでいる人が、東京タワーなんていつでも行けるから、と言っているうちに結登ったことがない、みたいなものです。

  せっかくお互いニューヨークに住んでいたのに、なんでまたこんなに会わなかったんだ、ああ、バカバカ。と後悔で二人ともがっくりしてしまった。まさかカコちゃんがここからいなくなるなんて、想像もしていなかったのだ。でも気がつくのが遅すぎた。彼女は、もう会いたいと思ってもすぐには会えないところに去っていってしまう。いろんな積もる話もあったのに、何から話していいのかもわからなくなってしまった。

  「実は今、なんだかあきらめがついて、ようやくホッとしてるとこなんだよね」とカコちゃんは、帰国に至るまでの経過を話してくれました。ずっとビザのスポンサー捜しに奔走していたが、どうもうまくいかなかったらしい。

  日本ではある有名な大きな会社で、スカーフのデザイナーをやっていた彼女は、ニューヨークでテキスタイルデザイナーに転職した。アメリカ暮らしの長い人たちならわかるでしょう。そうなのよね、ここでは日本のようにはいかない。まず食っていくことがいちばん重要なことになる。日本での輝かしいキャリアもこっちに来たらまったく通用しないのです。ここで生きていくためには、ビザとか英語力とかが、その人の価値になる。これがないと仕事も思うようにできない。

  「日本で自分が積み重ねてきたキャリアを思い出すと、私はここで一体何やってるんう、って考えてしまうんだよね。日本に帰ったら、あの頃やっていたような仕事がしたいなあ。あれがいちばん自分の好きな仕事だったからね」。

  そして最後にこうも言っていました。「でもいちばんの理想は、日本にいる頃やっていたあのレベルの好きな仕事が、このニューヨークでできたら、それがサイコーなんだけどねえ」。

  ジャマイカンフードやレゲエの音の流れるブルックリン暮らしをエンジョイしていた彼女は、「覚悟は決めているんだ」と言って笑っていました。何の覚悟かって?決まっているでしょ。日本のあの毎日のなかに身を置く覚悟よ。多忙と人ごみと世間の目。そういうもののなかにまた帰っていくには、やはり覚悟が必要なんだよ。

  「いいもんね。今度は日本でガシガシ働いて、そいでしこたま貯めた金を持って、ツーリストでソーホーあたりで好きなだけショッピングしてやるもんね」。どうやらほんとに覚悟を決めたみたいです。また必ずニューヨークで会おうよね、カコちゃん。  

home
essay contents
next