第 76 話
  ネズミ野郎
 

 ああ、ついに、ついに、見てしまった。長年飼っていたカムチンが去って以来、心のどこかでひそかに恐れていたのだが、とうとう現れてしまった。そう、ネズミであります。このアパートからネコがいなくなったことに、ネズミ野郎たちはとうとう気がつきやがったのです。

 それは、ミミー、ミミー、というか細い鳴き声が聞こえてきたことから始まった。しかもどうもその奇妙な鳴き声はうちのアパートの床下から聞こえてくるみたいなのだ。はいつくばって耳を床にこすりつけて調査を進めていくうちに、はっきり確信した。間違いない、フローリングの板一枚へだてた床下で何かが鳴いている。それも何匹もであります。これはネズミの赤ちゃんだ、と私は確信した。

 なぜこんなにもしっかり確信できたのか。この理由を語るためには、何十年も前にさかのぼらなければなりません。当時小学生だった私は、いっちょ前にピアノを習っておりました。さて、このピアノを弾いていると、そのキーに合わせて、何かがミミー、ミミー、と歌うのである。ドミソド、ミミー、ミミー、ドソミド、ミミー、ミミー、みたいな感じで、うまくコーラスの合いの手が入ってくるのである。

 お母さんに伝えたら、最初は笑っていたのだが、自分の耳でそのミミーミミーコーラスを聞くなり真っ青になった。「こリャあ、ネズミじゃあ。ピアノの鍵盤の中に子供生んだんじゃわ。こりゃ、大変じゃあ」。でも、さすがに自分ではこわいものだから、お父さんに頼んで鍵盤をひとつひとつ取っていってもらった。ら、そこには生まれて間もない毛もはえていないネズミの子供たちがミミー、ミミー、と数匹、ピンクのダンゴのように寄り添っていたのでした。

 その時の情景は、今でも恐ろしくはっきりと覚えています。なんせネズミの赤ちゃんなんてものを見たのは初めての上に、ピアノの中に巣を作っていたなどという奇妙なシチュエーションはそれはもう強烈でありました。

 そういうわけで、私はその床下から聞こえてくる鳴き声に対して、確固たる確信を持てたわけである。よりによってネズミの赤ちゃんの鳴き声を、人生の中で2度も聞いてしまった私もどうかしている、ってなもんだけど。

 そしてついにその数日後、母親ネズミと思われる奴がちょろちょろっとキッチンの壁の隙間から顔を出すのを見てしまった。しかも、しっかり目が合ってしまった。目が合った瞬間、そいつはギクッと体を硬直させ、そのまま何も見なかったふりをして、後ろに後ずさって姿をくらました。私は、絶望感にうちのめされてしまった。ああ、とうとう見てしまった。一体どうやってこのネズミ野郎と暮らせというのだ。やだやだやだ、やめてくれー、わーん。

 ところで、ニューヨークのダウンタウンともなると、ビルは何百年も前に建てられている上に、ゴミ箱の管理も悪く、しかもレストランが軒を並べ、ネズミにとっては天国そのものなのです。道ばたを駆け抜けていく奴などよく見かける。そうそう、うちの最寄りの地下鉄なんて、それはすさまじい。ネズミ野郎たちはちゅうちゅうきゃあきゃあと、楽しそうに線路の間をかくれんぼしたり、汚水で水浴びしたり、壁を垂直にかけ登ったりしている。中にはタヌキサイズのラット野郎もいる。

 そういうわけで、こんなネズミごときのことで大騒ぎしていられないのです。前に住んでいたアパートで、初めてネズミを部屋で目撃して卒倒しそうになったのを覚えている。泣きわめく私に、下のデリの人たちは苦笑いして、「おいおい、ここはニューヨークなんだぜ。部屋にネズミがいるなんてあったり前じゃないか。何考えてんねん」とのたまったのでした。いや、許せない。ネズミが部屋に出るなんて状態は絶対に許せないんだから。ゴキブリならわかる。でもネズミはいけないのだ、ネズミは。

 なんとかしてよ、とスーパーに頼んだら、ネズミ捕り器を仕掛けろ、と言う。「でも、気をつけて。もしネズミがひっかかったら、体がぐちゃぐちゃにちぎれて、内臓や血が壁や床に飛び散って、掃除が大変なんだから」などど言うではないか。バカ野郎、わーん。

 結局スーパーがキッチンのシンクまわりをチェックして、ネズミが出入りしている通り穴を発見。しっかり塞いでくれました。それ以後、今のところネズミの姿は見ていないのだけど、私はまだ正常な生活に戻れないでいる。夜中に「こそっ」と小さな音がしただけで、バッと飛び起きてキッチンに見回りに行ったりしてしまう。

 そしてある夜、ネズミの大群に囲まれている夢を見てしまった時、ついにネコをまた飼うことを考え始めました。古くてうす汚いダウンタウンに住んでいる限り、ネコは必需品なのかもしれない。  

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