第 71 話
    電話がない
 

 さてみなさん、1週間電話なしで生活しなくてはならなくなったらどうし ますか?なんて質問をするのには、もちろんそれなりの理由があるわけで、 私は4日間電話回線のない生活を強いられた。ちなみに電話回線がない、と いうことは、もちろんインターネットもファックスもないということです。 バケーションなんかで、自分から現実生活の場を離れるのともまったく違う んだからね。取りあげられて、強いられちゃうわけだからね。 

 それと、えっ今どきケータイも持っていないの、なんて驚かないように。 ここニューヨークでもケータイ人口は増えているが、まだ持ってない人も多 いのです。しかし今回の苦い経験もあって、この事件後ケータイを持った私 であります。

 さて、ことの起こりをカンタンに言ってしまうと、テレビのケーブルカン パニーを変えたら、その新しいケーブル会社は電話回線も一緒に持っていて、 両方変えた方が安いといわれて、つい電話会社も変えた、ら手違いで電話の 工事が1週間先でないとできなくなってしまった。それがわかったときには、 すでに古い電話会社が回線をチョッキンと切ってしまっていた。ということ であります。ふうっ。

 余談ですが、アメリカに来て以来、電話やケーブル会社とケンカしたこと のない人なんていないのではなかろうか。そのくらいわけのわかんないトラ ブルが多い。

 まず実によく聞く話は、工事を予約した日に誰も現れない、というやつで す。これをやられると人生を1日しっかり無駄にすることになる。待てども 待てども誰も現れない。怒りと不安がこみ上げてくる。しかし待つ以外ない。 そして日が暮れる。怒りの電話を入れても、誰もゴメンの一言も言ってくれ ない。くれないばかりか、新たな日取りを決めたところで、またまた同じ目 にあって、さらに人生を1日失うことになる。決して大げさなこと言ってる わけじゃありません。実際何人もの人がこういう目にあっているんだから。

 さて話を戻しますが、ともかく電話会社は1週間後でないと工事はできな い、と言い張る。まあ1週間くらいなら電話なしでも問題ないだろう、と奴 らとのケンカにぐったり疲れはてた私は根負けしてしまった。それにその時 はまだ「電話のない1週間」というのがどんなものなのか、実感できていな かったのだ。

 悪いことに、その夜から突然天候が悪くなり大雪が降り始めた。いざとな ったら角の公衆電話を使えばいいや、と考えていたのだが、外は零下何度と いうありさまで、コートをはおり完全防備してまで出かけて行く気がしない。 じっと部屋にひとりでこもっている以外なくなってしまった。

 こうなると、外界とのコンタクトをすべて遮断されてしまった遭難者の気 分であります。電話回線が切れている、誰とも連絡がとれない、誰も連絡し てくれない、私のことなんてみんなすっかり忘れていくんだ、私は孤独だ、 ああ、どうしよう、とどんどん恐怖におちいっていく。

 人間とは変なもので、普段電話が鳴ろうが鳴るまいがまったく気にもとめ ていないくせに、いざこういうことになると、電話が鳴らない生活というの がこわくなる。電話だけでなく、メールもファックスも送受信できないとい う生活は、不便を通り越して恐怖に近くなります。それに、昼間会社勤めで もしているならまた別でしょうが、私のように部屋にひとりでこもって働い ていたりしていると、この状況はエレベーターにひとり閉じこめられたそれ にかなり近いのであります。

 こうなってみて初めて、コミュニケーションのない生活がもはや不可能で あることをつくづく実感する私でした。便利とか情報とかそういうことだけ じゃないのよね。いつでも人とコミュニケーションがとれる状態がどれだけ 精神的に必要なものであるかなんて、あまりに当たり前になっていて考えた ことすらなかった。こんな状況で1週間過ごしたら、私は気が狂ってしまう、 と本気で自己崩壊の恐怖を感じた。

 そういうわけで、私は絶叫に近い声で電話会社にまた何度も電話を入れ、 ようやくなんとか5日目に工事をやってもらったのでした。

 「あ、私よ、私。聞こえる?わーん、電話通じてるよー。うれしいよー。 えーん」と異常な盛り上がりで友達に電話する私は、喜びのあまりほとんど 泣き出しそうになっていました。もちろん電話が鳴った時の喜びといったら、 感謝感激ものであります。「わああん、ありがと、電話してくれてありがと。 わーん、うれしいよー。電話だ、電話くれたんだ」とこれまた異常な感激ぶ りに、相手は気持ち悪かったに違いありません。

 この電話なしの4日間の恐怖とストレスは、二度と忘れられない。人間関 係に疲れちゃったという方は、1週間ほど電話回線をすっぱり切って、ケー タイも捨ててしまうといい。そしたらきっとそんなこと言えなくなりますよ。  

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