第 70 話
    結婚しない人生設計
 

  日本から仲良しのミナちゃんが来ていた。わずか1週間の、しかもビジネ ストリップときているものだから、せっかくのニューヨークをお上りさんし て楽しむひまもなく、あたふたと去っていった。会うたびにバリバリのキャ リアウーマン化していくミナちゃんは、またさらにバリバリになっていた。 体重40キロにも満たないきゃしゃな体で、両手にオフィスのポートフォリ オを抱えて、よろよろと極寒のニューヨークを歩き回っていたらしい。

  初めて彼女と会ったのは、ある大手広告代理店。私はそこのクリエイティ ブ局で2年ばかり働いていたのだけど、ミナちゃんは当時その局の事務をや っていました。自宅通勤のお金持ちのお嬢様。いわゆるいいお嫁さんになれ ます、というタイプでありました。有名商社勤務の彼氏が、ぴかぴかの外車 でお迎えに来ているのを何度か見たこともあった。

  さて、その大手広告代理店をやめて、ある小さなデザイン事務所に入って から彼女の人生は変わった。もともとセンスがよくて、手先の器用だった彼 女はそこでデザインのことを覚えてしまい、しかも社長にその才能と人柄の よさを買われて、営業までやるようになったのよね。そんなこんなで月日が 流れ、今や彼女はそのオフィスになくてはならぬ大切な存在となってしまっ た。今回のように海外出張、なんてことまでやるようになっている。

  「で、ミナちゃん、結婚とかは?」ようやく二人で夕食をする時間を作っても らった私は、一応普通の質問を投げかけてみた。「それがさあ、誰もいない んだよねえ、対象が。結婚はしたいよ。私のまわりの女の子たちもみんな、 結婚したいとは思っているんだよ。でも、いないんだよねえ、相手が」ここ からいきなし彼女の口調が変わり、どんどん早口になってきた。

  「この間も、ちょっといいなと思う男とデートしたんだよね。ところが帰 り道でタクシーを拾ってくれようとしてるんだけど、方向が違うわけよ。つま り右側じゃなく、左側で拾ってくれないと遠回りになるわけ。そう言いたか ったんだけど、説明するのもめんどくなって、あー、もうやーめた って。それからもう二度と会ってないよ。」彼女はここぞとばかりに一気に まくしたてる。

  「別の男はさあ、ドライブに連れて行ってくれたのはいいんだけど、道を よく知らないんだよね。あ、そこはこの道を行ったほうがいいのに、と何度 も言いそうになって、いらついて、もう疲れていやになった。結局自分でや ったほうが何でも早いしストレスもたまんないし、これならひとりのほうが よっぽどラクでいいや、と思う。さみしい時は他に気の合う女友達を呼び出 して、安くておいしいレストランに行ったりしてるしね。そのほうがずっと 楽しいよ」

  あ然とする私。な、なんじゃ、それは。そんなことでいちいちやめるのか、 アンタは。私なんか、この男はちゃんと働いているんだろうか、とか、こいつはゲ イではないだろうな、とかそういうことがまず重要になってくるというのに。 右に行こうが左に曲がろうが、それがどーしたあ。アンタは贅沢すぎるでは ないか。

  自分の満足するやり方ですべてやってくれる男がいたとしたら、それって ほとんど奇跡であります。「だから、不倫やる子が多いんだよ。結婚してお 金も自信もあるそれなりの歳の男は、ちゃんと心得ているんだよ。女がやっ て欲しいことをそつなくやってくれるから、女はラクだよ。結婚してない男 って気が利かなくてぜんぜん頼りないんだよね」と彼女は解説してくれる。

  しかし、こういう男談義はさておいて、気の合う女友達と過ごすほうがよ っぽど楽しい、という点は実によくわかる。

  日本にいた頃、私とミナちゃんはよく一緒にお出かけしていた。話題にな っているレストランにクルマで乗り付けて、おいしいものをエンジョイし、 こじゃれたバーやカフェでおしゃべりしていい時間を共有する。悪いことに、 気の合う男友達というのも何人かいて、これはまったく彼氏の対象にならな い奴らだからこそ、気がおけなくてラクなわけであります。こうなると、た しかにもう恋人なんてものは必要なくなる。

  そういうわけで、今年38歳になるミナちゃんは、「結婚しない人生設計」 をぼちぼち真剣に考え始めているそうです。実は私のまわりには、このタイ プの女の子が増えてきている。日本にいる女の子もニューヨークにいる女の 子も。みんな結婚したいけど、でも今の生活を捨ててまで一緒になりたいほ どの男にも出会えない。それならなにも無理して結婚しなくてもいいんじゃ ないか。似たような考えのシングルの女友達もまわりにいるし、みんなで助 け合ったり楽しい時間を過ごしていったほうが人生よっぽど充実する。お仕 事は確かに男並みに忙しいけれど、それに見合ったポジションとお金ももら えてるし、自分ひとりの面倒くらいならどうとでもなる。

  さて「結婚しない人生設計」を考え始めた女の子たちが、一体どうなって いくのか、私はものすっごく興味津々なのであります。30年後には、世界 はシングルライフを選んできた筋金入りのおばあちゃんたちであふれ返って いるかもしれない。  

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