第 69話
    モダンバレエ
 

 バレエ鑑賞のお誘いがあった。てっきり、あれ、あの「白鳥の湖」系のお 優雅な奴かと思ったので一瞬ひるんでしまった。

 「申し訳ないんだけど、実は私はクラシックと名のつくものにめっぽう弱 い人間で、必ず寝てしまう。それも普通の居眠りレベルではないので、そう なっても怒らないで欲しい」と先まわりして警告する。というのも、前に何 度かつきあいでクラシックのコンサートに連れて行かれ、そのたびにガーガ ーガクンガクンと眠ってしまった経験をしているせいである。これは隣りに 座っている連れていってくれた方に大恥をかかせることになる。

 映画館でもついつい寝てしまうクチであるが、クラシックとなるとついつ いどころか、永遠に起きないのではないかと心配されるくらい、真剣に熟睡 してしまう。よだれくっていたこともある。口をぱっくり天井にむけて開け ていたこともあるらしい。起きたら首がひん曲がってむち打ち状態になって いたこともあった。たちが悪いのだ。

 「ちゃうちゃう。バレエといってもそんな古典的な奴じゃなくて、ドイツ の有名なモダンバレエだってば。えっ、モダンバレエ、知らないの?」モダ ンバレエとはいかなるものか、と聞き直す私に、今どき、モダンバレエも知 らず、バレエというと白鳥の湖しか浮かばない奴もめずらしい、と友だちは あきれる。

 私はそのモダンバレエとやらを見たくてしようがなくなっていたのだが、 あ、そう、ふーん、と私はバレエなんかにゃともかく興味はないのだ、という 風を装いながら、じゃあまあ行ってみるかあ、と誘いに乗ってあげた。

 『シュツットガルト』というこのドイツのバレエ団(余談ですが、「バレ エ団」って言い方、いいですね。楽団とかサーカス団とか、団というのがい かしてますね。団長さんや団員さんというのも人柄がよさそうな響きがあり ます。)、なんと400年も前から活躍している、歴史ある由緒正しいバレ エ団なのです。でもこんなこと聞いていなければ、てっきり最近出てきた新 しいスタイルのバレエかと思うことでしょう。

 まずコスチュームやミュージックが新しい。ライティングや背景もシンプ ルでいい。何よりお話がわかりやすいのがすごくいい。あ、これって男と女 の嫉妬と疑惑を表現しているんだろうな、とか、あっ、最後にはこの2人 は誤解もとけて仲良くなったんだな、とか、この私でも理解と想像が働く。 こういうバレエなら初心者でも楽しめるよね。

 さて、バレエ通の友だちからオペラグラスを取りあげてステージのディテ ールをのぞいた私は、「あああっ!」と思わず大声をあげそうになった。男 のダンサーたちのその美しい体に釘づけになってしまったのだ。パーフェク トな筋肉。セクシーな動き。もっこり部分にぴったり張り付いたコスチュー ム。目のやり場に困るくせに目が離せない。

 オペラグラスで彼らの肉体を上から下までなめるようにのぞいていく私っ てば、かなりスケベおやじ化している。いやいや、高級ホストクラブに通い つめるおば様の気分に近い。悪いけど、いくら女性のダンサーが優雅にしな やかに踊りまくっていようと、私にとってはそんなものただの脇役にすぎな い。男のダンサーたちの中性的なセクシーさにすっかり圧倒されてしまった。

 宝塚の男役のような分厚い化粧も彼らに似合っている。ぼってり真っ赤に 塗られた口紅や、ばたばた音がしそうなつけまつげや、べったり青すぎるア イシャドー。そんなどぎつくてお下品なメイクがなんでこんなにも魅力的な のかしらん。

 「ああ。うっとり」。私は不思議な奇妙な魅力を持った男の子たちに釘づけ になってしまった。ダンサーにゲイが多いというのも、ものすっごく納得で きます。こんな妖しい魅力の男の子たちが毎日ロッカルームで顔つきあわせ ていたら、そりゃお互い思わずガバッとやりたくなっても不思議じゃないわ な。

 第2幕に入った頃には、私はもう男のダンサーたちにすっかり入れ込んで いました。お色直しをして登場した男の子たちのコスチュームが圧巻。上半身 はみごとな裸、腰から下は中世の貴族の女性が着ていたようなデザインの、 深いワインレッドのロングドレス。しかもこれが巻きスカートときているも んだから、動くたびにそのしなやかな脚がちらちらのぞいて、セクシーった らありゃしないのよ。思わずステージに駆け寄って、その腰の間にドル札を 差し込みたくなりました。

 「どう、おもしろかった?」と聞く友だちに、私は「すてきすてきすてき すてき!」と取りつかれたように答えていました。ダンスのことはよくわか らんが、すてきな男の子たちを堪能できてもう大満足。モダンダンスはホス トクラブである、と結論する私でありました。   

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