第 68 話
    アレルギー
 

 ある朝起きたら、顔が「おてもやん」になっていた。両方のほっぺたがむくむくのてかてかに赤く腫れ上がり、まるで北国の女の子、といえば聞こえがいいが、つまるところ「おてもやん」になっているのであります。

 頬紅を塗りすぎたほっぺた状態になっていて、炎症を起こしているのか熱で熱ぼったい。そして触るとかゆい。鼻のへたとか、目の間のくぼみといった、変にきわどい部分が特にかゆいことにもそのうち気がついた。アゴのへたなど、特にかゆくて思わずぼりぼりやってしまうと、真っ赤になって醜いあとになってしまう。

 一体何が起こったのか、まったく見当がつかない。「これは何か食べ物アレルギーに違いない」と、わけ知りな友だちは言い切る。何か最近変わったものを食べなかったか、と聞かれても何も浮かんでこない。第一、変わったものといわれても一体どういうものを指しているのか。たとえばお猿の脳みそ漬けとか、アリんこのジャムとかか?それとも単に普段手の出ないような高価なウニだのイクラだのを指しているのか。

 いやいやこれは化粧品アレルギーだ、と別の友だちは断言する。最近何か化粧品を変えていないか、とまたもや同じような質問であります。そんなもの一切思いあたらない、と答えると、ではきっとトシのせいで体質が変わったのだろう、と絶対納得するしかないずるいことを言う。

 確かにアレルギーってのはよくわからない要素が多すぎて、原因を断言しづらいものであります。そしてふと見渡せば、アレルギーで悩んでいる人のなんと多いことか。そうして、アレルギーってのはものすごくこわいのであります。ネコアレルギーや花粉症で、鼻や目を真っ赤にしてくしゃみと涙でぐしゃぐしゃになっているなんてのは、実はまだまだましな方で、ほんとに呼吸困難に陥って命取りになる。

 たとえばある日本の友だちは、重度の蕎麦アレルギーだ。彼女は自分のアレルギーについてよく知っていたので、神経質なまでに蕎麦に近づかないようにして生活していました。ところがある日、友だちのアパートに遊びに行ったら、蕎麦もないのにものすごく息苦しくなり、救急車で運ばれた。あとでわかったことに、なんとそのアパートの押し入れに、蕎麦ガラの枕が入っていたそうな。

 私の弟は、サボテンアレルギーです。サボテンにちょっと触ったりしようものなら、体中に赤いぶつぶつが出てきて、ぜいぜいと呼吸困難に陥る。不思議なことに、それが毎回というわけではない。何か他の要素と混じって起こるんだと思うけれど、ともかく何かのはずみのようにそれが起こり、救急車で運ばれるはめになる。

 そうなのだ、アレルギーってのはこわいのだ。でも本人には悪いけど、なんだかこっけいでもある。蕎麦ガラ枕やサボテンで命落としたら、やっぱり世間に笑われるではないか。本人は納得できなくて死んでも死にきれないし、家族もなんだかバツが悪い。

 ところで、私の「おてもやん」状態はそれから結局2,3日して回復に向かったのだが、さて、ここからが実は本題であります。何か変わったことを始めていないか、とあれこれ考えていくうちに、これっきゃない!と思い当たることが見つかったのである。

 ニコチンガムだ。長年やめれないでいたニコガムを、実は最近すっぱりやめたのだ。これだ、これに違いない。いきなしニコチン補給を失った私の体が、うろたえあせりまくり、顔に毒素が出たに違いない。まるでドラッグの切れたドラッグ患者のようであります。さすがにニコガムくらいでは禁断症状で体がふるえたり幻覚を見たり、というところまでいかなくて、変わりに「おてもやん」になってしまったに違いない。

 考えてみると、こわい話ではありませんか。ニコチン漬けになっていた頃の体は、私にとっては正常な状態であったのだろう。何事も起こらず正しく平和に機能していた。ところが、ニコチンを失くした体はパニクって、どうしていいかわからなくなっているようだ。体中からすべてのニコチンを出し切るまでに1か月くらいはかかるらしいので、その間はきっと私の体は地獄の苦しみを味わっていることでしょう。本人は不思議なくらいケロリンとしている。

 今はニコガムの変わりに、四六時中ガムをくちゃくちゃ噛んでやり過ごしている。もうすぐやっとニコチンから解放される、と思うとうれし涙が出てしまいます。早いとこ体中の毒を出し切って更正したい。まあそれまでは顔がぶくぶくに腫れ上がろうと、かゆかろうと、しかたがない。ニコガムやめて呼吸困難に陥って死んだりしたらぶざまであるが、今のところまだそこまでに至っていないので、なんとか今回はやり抜くぞ。  

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