第 65話
          回 復
 

 親友であり、家族であったカムチンが逝って2週間後、手のひらに軽く乗ってしまうくらいのサイズになって、彼の灰が帰ってきました。小さな花柄のティー缶の中にちょこんと入っているカムチンは、気のせいかとても平和で穏やかな世界で眠りこけているような気がします。

 この灰の半分を、生まれ故郷の日本に持って帰って、海の見える岡山の実家の裏山に埋めてやりたい、と私は思っている。半分は私の暮らすニューヨークの、どこか静かないい場所に埋めてあげたい。だが、一体どこがいいものか。あそここそカムチンにぴったりだ、とピンッと来る場所が全く思い浮かばない。

 「あのさ、ラッキィーの灰って、どうした?」2年前にやはり愛猫ラッキィーを亡くしたクミコに聞いてみた。「うちのアパートの近くに埋めてやりたいと思ってさ、静かないい場所はないかな、と捜してたんだけど、このあたりって汚くてそれにすぐビルを建てたり取り壊したりするからさあ。結局これって場所が見つからなくて、まだアパートに置いたままなんだよね」。クミコは困ったようにこう続けた。「マンハッタンって、ネコの眠れる場所もないんだから」。

 セントラルパークとかハドソン・リバー沿いとかとなると、どうもダウンタウン暮らしの私たちにはなじみがなくて、ウソくさくなる。かといって、近所のワシントン・スクエア・パークなんかとなると、ドラッグディーラーたちがうろついてて、うるさくて、なんだかかわいそう。

 「オレなんてさ、親父の灰を少し分けてもらってニューヨークまで持ってきたんだけど、川にばらまこうと思って持っていったら、すっげえ臭くて汚くて、結局アパートに持って帰ったよ。いろいろいい場所ないかと捜してたんだけど、見つからないんだよね」。3年前にお父さんをガンで亡くしたヒロくんもやはり、灰の持っていき場に困ってしまって、結局アパートにそのまま置いてあるという。

 「私は前のネコが死んだ時、火葬も埋葬もしないで、そのままイーストリバーに沈めましたよ」と、マユミさんはあっさり答えた。「そういうのって、かたちじゃなく気持ちの問題なんですから。自分の心の中で眠っていると思えば、どこにどんな風に葬ろうと同じですよ。それに、うちのネコは魚が大好物だったから、川に流してやればあいつ毎日好きなだけ魚が食ってられるな、と思ったんで」と言ってくすっと笑った。すごくポジティブで元気な、いい葬り方だなあ、と私も笑ってしまった。

 イチコさんのネコは、アップ・ステイトのネコ霊園に眠っている。正当派である。かと思えば、教会の近くの木の下に、夜中こっそり穴を掘って埋めた、という人もいました。

 自分はじゃあどういう風に葬られたいかなあ、などどぼんやり考える。やはり、カリブのあの海に景気よくバーッと灰をまき散らして欲しい。できれば、ジャマイカとキューバの真ん中あたりがいいな。死んだ後もニコニコへらへらしてられそうで、気持ちがいい。私に先立たれた夫か若い愛人が、毎年バラの花束を手に追悼に訪れてくれて、カリブの脳天気に明るい海を見つめながら、ヨヨヨッと泣き崩れてくれたりしたら、さらに気持ちがいいけど。

 なんてことを考える余裕がようやく出てきました。次のネコを飼いなさい、とみんな言うけれど、そこまでの余裕はまだ、ない。こんなしんどい悲しみはもうこりごりだなあ、という思いの方がまだ強い。そういえば、クミコのラッキーがずっとかかっていた病院のドクターは、12年飼っていたネコの死から立ち直って次のネコ飼うまでに、12年かかったそうです。7年つきあっていた人のことを忘れて新しい人にいくのに7年かかる、というのと同じなのかもしれない。

 ところで、ゲイの友だちのサチオさんに言われた。「16年も人間と一緒だったネコなら、必ずまたネコになって戻ってくるものよ。ネコってそういう不思議な生き物なんだから。今はただ古くなって疲れてしまった体を脱ぎ捨てて、新しい体に取り替えに行ってるだけ。すぐにまたユーコさんの前にニャニャーって元気に戻ってくる。その時、ユーコさんはすぐわかるわよ。あ、カムチンだ!って。だからその再会の日を楽しみに待っていなさい」

 ああ、私はこうやって心やさしい人たちに背中をさすられるようにして、ゆっくり回復していっています。

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