第 64話
           カムチン
 

 私の最高の友であり家族であったカムチンが、とうとう去ってしまった。こんなできそこないの私のそばに、16年間もよりそってくれていたカムチン。日本からニューヨークくんだりまでついてきてくれたカムチン。まだ現実の出来事だと信じることができない。

 えさを食べなくなって、水にも口をつけなくなり、じっと部屋の隅っこにうずくまっているのに気がつき、あわてて病院に連れて行った。が、すでに腎臓がかなり悪化していて、どのくらい持つかわからない、と先生に言われた時、なぜか、ああもうダメだな、と予感がした。きっと元気になる、と思いたかったけど、目からだらだら涙を流して、脱水症状で毛を逆立てているカムチンを見ていたら、「その時」が来てしまったんだ、と予感した。

 いやがって抵抗するカムチンの口を無理矢理こじ開けて注射器でえさを押し込む。何度目かの時、ついにオシッコをピューッと飛ばした。そこまで彼にとって耐え難いことだったのだ。わかってる、でも、どうかお願いだから食べて!と私は泣きながら口をこじ開けてえさを押し込んだ。もうこれ以上何もしたくない、このままそっとしておいてやりたい、と何度ももうやめようとした。でもやっぱり生きていて欲しかった。食べて少しでも力をつけて欲しかった。

 最後の頃、カムチンはクローゼットの中に入り込み、出てこなくなった。朝そっと中をのぞいてみたら、クローゼットの中にオシッコとウンチを垂れ流していた。あのプライドの高い、きれい好きなカムチンが。申し訳なさそうに弱々しい声で少し泣いていた。抱え上げたら紙みたいに軽くなってしまっていて、私もおんおん声を出して泣いていた。

 これ以上治療費の負担をかけたくないよ、と遠慮するかのように、24時間の集中点滴治療を受ける前日に、彼は去っていった。閉じた目から涙がこぼれていた。

 カムチンが去ってしまって、ああ、私のアパートってこんなに広かったんだ、と気がついた。ぽっかり空いてしまった空間の広さに驚いた。ネコ一匹分の空間がはてしなく私のアパートを占領していたことにぼんやり驚いた。あまりに自然に私の生活の中に入り込んでいたので、空いてしまったこの空間をこの先どうやって埋めていけばいいのか、途方にくれてしまった。

 私は19歳の時、親元の岡山から離れた。親と一緒にいた時期と同じくらいの歳月を、私はカムチンと一緒に暮らしてきたのだった。のんびり二人で寄り添って暮らしてきた。突然体の大切な一部をもぎ取られてしまったようなヒリヒリする感覚に痛めつけられている。

 カムチンは私にはかり知れないくらいのものを与えてくれた。私が彼に与えてあげたものなんて、知れたものだった。あの時気がついていればよかった、もっと早く病院に連れて行ってやればよかった、と後悔と申し訳なさばかりが浮かんできて、いまだに苦しい。

 ニューヨークでいちばんの親友のクミコからファックスが来た。彼女もカムチンのことが大好きだった友達のひとりだ。「カムチンはユーコと16年一緒に暮らせて、きっとシアワセだっだよ」。私もそう信じたい。だって私はカムチンと一緒で、こんなにもシアワセだったんだもの。彼もきっときっとシアワセだったに違いない、と信じたい。

 私たちは一緒にソファでふにゃふにゃお昼寝するシアワセや、何にもしないで一日中ごろごろなまけるシアワセや、夜中に一緒にごそごそ起き出してご飯を食べるシアワセを味わってきた。私たちは、シアワセな気持ちをいつもシェアしていたんだ、と信じたい。

 カムチンは私の心の中でしっかり生きている、私の心の中でもうしばらく一緒に人生やっていってくれる、とようやく感じることができるようになってきました。彼の深い愛情や柔らかい思いやりを、私は彼から受け継ぎたいという、不思議な気持ちになってきています。

 カムチン、16年間、ありがとね。あんたのおかげで、私はけっこうつらいことがあっても、人生って悪くないな、といつも感じることができたよ。最高にとびきりの友との別れはしんどいけど、もうメソメソしてられないものね。「やれやれ、おまえしっかりしてくれよ。ボクがいなくてももうちゃんと自分でやっていってくれないと困るんだから。まったくもうめんどうみきれないなあ」と苦笑しているカムチンの声が聞こえる。

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