第 61 話
           ジム通い

 今や、どこかのジムに所属していなくてはニューヨーカーとは言えないらしい。たしかにまわりの友だちのほとんどが、会社帰りにジム通いして体を鍛えています。

 クミコは年会費1、200ドルの「ニューヨーク・ヘルスラケット・クラブ」の会員になって5年。このクラブは「クランチ」と並んでポピュラーなジムでして、かわいい男の子やかっちょいい男たちがわんさか来ているらしい。ジムと言えば、ゲイの人たちのお相手捜しの場所と決まっている。もちろん女どもには目もくれない。絵に書いたようなゲイの人たちのラブロマンスがむんむんしているらしい。筋肉を見せびらかし、お尻をぷりりんと左右に振って、マシンにぶら下がりながらも目はしっかりステキなお相手を追っているんだって。おそろいのぴちぴちタンクトップにぴたぴたの短パンで、手をつないで通っているカップルも多い。

 私は長年メンバーだったYWCA をついにやめた。近所にパブリックのスポーツセンターを見つけたからです。なんと年会費25ドル。ここまで安いと、プールが少しくらい狭かろうが、夏になると近所のガキんちょたちがわんさか遊びに来ようが、とても文句は言えない。一応バイクマシンやステアマスター(丘登りシュミレーションマシンですね)まで置いてくれているんだから、贅沢なものです。

 何よりうれしいことに、ここにはバスケットコートがあるのだ。中学高校とバスケットをやっていた身長150センチの私にとって、バスケットコートは青春そのもの。ああ、このバスケットコートで思いっきり実力をみせてやりたい、私のお得意のロングシュートをばしっと決めてやりたい、ともうがまんができず、ガキたちの間に混ぜてもらって、久びさにボールを握っていたのでありました。床にカエルみたいにたたきつけられ、壁に顔を思いっきりぶつけ、全身むち打ちでよろよろ状態になったわけだけど、楽しかった。ひとりで自転車こぎやってるよりずっと楽しい。

 ある日私は、秘密のマシンルームを発見してしまった。バスケットコートのいちばん隅っこにあるため、一見倉庫のように見える。その部屋の重いドアを開けた私は、ヒィッと思わず息を呑んだ。六畳一間サイズのその部屋には、ちょっと動くと頭をかち割られそうな間隔で、オリンピック競技で使うようなダンベルやら、拷問に使うような腹筋のマシンが並んでいる。「なんじゃい、なんか用か、そこのガキ。」と全員が私の方をにらみつけた。

 筋肉もりもりもりで汗だらだらだらの男たちが、真剣勝負でエクササイズに励んでいるではないか。グワシャンッグワシャンッと、マシンがぶつかり合う激しい金属音が響く。ここにはスポーツジムなんていうなまっちょろい言葉は存在しない。そうよ、これはあのスポ根の世界。体育会系の硬派な世界。連続百回ウサギ飛びとタイヤ引きの世界でありました。汗と体臭の入り交じった、あの高校時代の部活動の部屋の臭いがした。ゲイのおにいさんなら、「いやいやいやあぁぁっ、こんなの、いやぁっ!」とその場に泣き崩れることでしょう。

 私も半泣きになって、そのまま後ずさってあわててドアを閉めた。それ以来その秘密の特訓部屋には近づかないようにしている。ともかくしかし、このパブリックセンターは何か変わっている。こういうお部屋に出入りしている男たちがいるかと思うと、痩せこけたふにゃふにゃの長髪のパンクにいちゃんが来ていたりするのよね。タトゥとピアスを全身に入れた顔色の悪い女の子も時々見かける。

 「実はここはドラッグ中毒者の更新の場でもあるのだよ。」と仲良くなったメンバーの人から聞かされた。「かくいうボクもそうなのだが。てへへ。」と彼は照れくさそうに笑った。

 言われてみると、とても納得する。ドラッグにアディクトしちゃった人たちには、自分の体をいじめるくらいにスポーツにアディクトするのがいちばんの療法であります。汗びしょになって、そのあとガーッと気分よく眠る。これはいい。などと、私はついついドラッグ中毒患者の気分になってここに通い、そのあとガーッとビールを飲んで夕方までお昼寝をしています。

 ところで、私はこのパブリックセンターのことを、こっそり心の中で「公民館」と呼んでいる。「きょうもこれから公民館だい。どうだ参ったかあ。」と心の中でいばってはせっせと通っているのだ。あーあ、もちろんお金があったら、ニューヨーカーらしくかっちょいいジムに通いたいものよ。

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