第 59 話
            私の「出会い運」パート2

 さて、お話は「私の出会い運の強さ」の続きでしたね。

 かれこれ10年以上も昔だったと記憶しているが、まだ日本に住んでいた頃、ちょっと変わったインディーズムービーが好きな友だちに誘われて、渋谷のぼろいテント小屋に映画を見に行った。たしか二週間とかの期間限定のマイナー映画であったと思う。それが山本政志さんの「てなもんやコネクション」でありました。この映画、実は映画通の人たちや私の関わっていたコマーシャル業界では、かなり話題作になったんだよ。

 監督には本当に申し訳ないんだけれど、私ってばストーリーもおぼろ気にしか覚えていないくらい、この映画のことはさして印象に残っていないのですね。ところがその時感じた「こんな映画を作る監督」への興奮の方がずっと残ってしまった。こういうことを感じたり考えている人間がいるんだ、とものすごくうれしかった。おちこぼれ人間が好きでたまらない監督の愛、ってやつを強く感じた。はみ出た人間をおもしろがる。本音で生きている奴等をいとおしいと思う。えげつない、図太い、容赦ないこの人と私はとても似ている、と私は一方的に確信したのでした。

 あまりに興奮した私は、その夜いろんな友だちに電話して、「すごい監督の映画を観た!」と言いまくったのを覚えている。ロンドンに住んでフィルム・ディレクターやってる友だちにまでロングディスタンスしたくらい私は興奮していましたね。何より、この監督の作ったこの映画、ではなく、この映画を作ったこの監督、に私の興味はがぜん向かったのであります。そう、これがいつも私の「会いたいよーパワー」のミソなのよね。このお方と一度でいいから会ってみたい、とまたもや私は思い続けていたのでした。

 だがしかし、薄情ものの私は、月日の流れとともにその時の興奮をきれいすっかり忘れていた。あんなに興奮していたくせになんて奴だ、とののしられてもしかたがないが、ともかく山本政志の名前も何もかも、私はすっかり忘れていました。月日は人をボケさせます。

 ところが、よりにもよってこのニューヨークくんだりで、彼の名前を聞いたのが去年のことでした。「山本政志っていう監督が今『Junk Food』っていう新作の発表でニューヨークに来ている」。ん、その名前って、、もしやあの名前か?大慌てで脳ミソをかき分けていたら、突然すべての記憶と感覚がよみがえって来ました。どひゃあ、そんなバナナ、であります。

 この後どうなったかを子供の夏休みの日記風に説明しますと、きょう「Junk Food」の上映会に行ったら、そこで4年前に道ばたで私をナンパしてきたブラックのにーちゃんとばったり会いました。ナンパにーちゃん日本で偶然知り合った山本政志さんとすっかり仲良しになっていました。ナンパにーちゃんは私を山本政志さんに紹介してくれました。そんなこんなで私はちゃっかりその後ご飯を食べに行くのに便乗しました。で、その後もう一度チャイナタウンでみんなでご飯を食べました。とても楽しかったです。

 で、ご飯食べてこのお話は終わりかと思いきや、なんとそのちょうど一年後、また道ばたでばったりと、例のナンパにーちゃんに会ってしまった。「日本から今マサが来ていて、これから会うんだよ。一緒においでよ。」と言うじゃないの。というわけでまた山本さんと偶然にも会えてしまったというわけです。何の約束もしたわけじゃなし、何の関わりがあったわけでもなし、でも、また会えてしまったんだよね。

 ところで、例のナンパにーちゃんは、「いつも偶然ばったり、マサの出没するところで出会えてしまうなんて、これはボクたちってば赤い糸かも、うふふ。」と大きな思い違いをしていた。だが待てよ。うーむ、確かにこのにーちゃんは私と山本政志さんの出会いをとりもってくれていると私は思いたいんだけど、見方を変えたら、山本政志さんが私とナンパにーちゃんの間を取り持っている、とも言えてしまうわけで、ギクリとさせられる。ともかく、私は出会い運が強いんだってば。

 こういうのって、つくづく不思議だと思う。人と人との出会いは、誰にもコントロールできるもんじゃない。私の場合、それが決してオトコとオンナのラブロマンスの出会いではないところが、悲しくもおもしろい。いいオトコと出会いたいよー、とは毎日思っているのに、このパワーは全く効き目がないところが、くやしくも情けない。しかしまあそれでもいいじゃないの。少しだけ人生おもしろくしてもらっているんだから。ここはまあ、神様によおくお礼を言っておくとするか。

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