第 57 話
            時差ボケ

 昼が夜になり、夜が昼になって、かれこれ一週間が過ぎてしまった。そう、時差ボケであります。まったく「時差ボケ」なんて、このことば自体がすでにとぼけているじゃないか。

 夕方5時頃からストンと眠りに落ち、目がさめると夜中の2時というパターンが続いている。これってつまり、ナイトライフが全くないってことなのよね。みんなが仕事を終えて、ディナーに出かけて映画でも観てその後クラブでひと踊りしてそのまたその後もしかしたらエッチなことなんてしているかも、みたいな楽しいことやってる時間に、私はうかつにもガーガーと眠りこけているわけである。

 夜中にパッチリ目が覚めると、留守電に友だちからのメッセージが入っている。「日本はどうでしたー?またご飯食べに行こー。電話くださーい。」「あさっての夜、友だちのギグがあるので、行かない?連絡してねー。」みたいなお誘いから始まって、「おーい、もしかして時差ボケで寝てる?」「何時なら起きてますか?」というわかってる奴らからのメッセージまで、私はもちろんコールバックのできる時間ではないので、じゃあまあ明日連絡するか、と明日に持ち越す。ところが、もちろん翌日の夕方になるとまたもやストン状態に入ってしまう。もっとたちの悪いことに、夜中の2時にいったん目が覚めると、朝方の7時頃からまたもや睡魔がどっと押し寄せて、私をベッドに連れていってしまう。 

 つまり私は一日約14時間も眠りこけているわけであります。そういうわけだから起きている間も脳みそがボケていて、なんだかだらりんとしていてしまりがない。しゃきんとせんかいっ!と誰かに一発カツを入れて欲しい状態がひたすら続く。

 ところで、時差ボケは孤独である。みんなと違う次元で生きることを余儀なくされる。夜中の2時に目が覚めても、やることがないのよね。しょうがないので大嫌いなコンピュータでもやるか、とインターネットを開け、まずは日本の皆さまにメールを送る。と、おもしろいくらいすぐに返事が返って来る。そうか、この時間はつまり日本は昼間なんじゃないか。こんなにもいっぱいの人間たちがこの時間にうじゃうじゃ起きているではないか。と、救いを見つけた私は少し自信を取り戻す。しかし、孤独感はやはり拭いきれない。ちぇっ、日本じゃないもん、ここは。誰も起きてないって、実は知ってるもん。私はひとりぽっちで起きている。

 ところが、早朝4時。突然電話が鳴った。一体誰だ、こんな非常識な時間に、なんてつゆとも思わず、今の私にとっては常識的な時間であるがゆえに、「ハロー!」と昼間の声のトーンで受話器を取る。「ゲゲッ、ほんとに起きてるんだ、この時間に。」と電話のむこうからいきなし驚いた声が聞こえる。「ゲゲッ、もしやアンディ?」と私も驚く。で、思い出した。何度も電話にメッセージを入れてくれていたアンディに、メールで「私は今時差ボケ中のため、電話に出られません。私と話したければ、夜中の3時から早朝7時の間に電話してみてください。」とジョークまじりに知らせておいたのでありました。しかし、だからといって本気で早朝4時に電話してくるなんて、さすがアンディだ。

 何か重要な用件でもあったのかと思ったら、全然そんなのなくて、いやあ、日本はやっぱり何でもうまい、おかげで私は6パウンドもでぶっちまったよお。ぼくの奥さんが今妊娠中で、2人目が生まれる前に旅行してくると2歳の娘を連れてメキシコに行ってるんだわ。みたいな世間話をうだうだしているうちに外は明るくなり、じゃあ、ぼちぼち会社に行くんでまた電話するよ、と言ってアンディは電話を切ったのでした。

 翌日、この話をメールで友だちに送ったら、その日、またまた早朝の4時に電話が鳴った。「わはは、ほんとにこの時間なら起きてるじゃん。」友だちは、お試しに電話してみたそうな。私たちはうだうだとそれから3時間もくだらない話をして、「じゃあぼちぼちまた寝るわ。」と電話を切ったのでした。

 朝の4時に、内容もへったくれもない話ができる友がいるってなんて心強いことか。私はしみじみと感動してしまった。私は孤独じゃないのだ。早朝4時に電話をくれる友がいるのだ、ふふん。とわけのわからないことでいばるのでありました。

 それにつけても、早く時差ボケから立ち直って、ニューヨークのナイトライフをまたエンジョイしたいものよ。普通の暮らしがいちばんよね。

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