第 54 話
            元気になる場所

 しがないニューヨーク暮らしが長くなると、みんなそれぞれお気に入りの「元気になる場所」というのが自然に出てくるようだ。ある友だちは、しんどくなると無性にエンパイアステイトビルに登りたくなる、と言う。別の友だちは、ハドソンリバー沿いの、自由の女神がくっきり見えるパークのベンチに腰かけるらしい。

 ニューヨークってのはパワフルなランドリーマシンみたいなものでして、この中でぐるぐる巻きにされてしまった時って、ちょっとだけでも外に出て、距離を置いて違う目でこの街を見つめてみたくなるのかもしれない。ああ、私ってばあんな場所に巻き込まれていたってわけね、と、マシンの外から客観的に中のぐるぐる状態を眺める。で、また元気を取り戻してランドリーマシンの中に飛び込んでいく。これがニューヨーク暮らしのような気がします。

 で、私の場合はどこなのかと言いますと、チャイナタウンなのよね、これが。パワーがなくなってきたなあ、と感じるとチャイナタウンに向かう。アパートから十二、三分も歩けば、そこはニャアニャアとチャイニーズが飛び交う別の国であります。

 みんな同じように小さくて、ちっこい目で、平べったいお尻で、ちょこちょこ小走りに歩いていて、ああ同じアジア人がこんなにいるじゃないか、とホッとしてきます。英語でも日本語でもない全く意味不明のコトバしか耳に入ってこないのも逆に落ちつける。

 たとえばここで暗く落ち込んで、よたよた歩いていたりしたらひとたまりもない。前から後ろから、わらわらとチャイニーズ軍団が押しよせてきて、あっという間に歩道からはじき出されるんだから。落ち込んでもいられないってわけです。

 しかし、なんでチャイニーズってば、あんなにいつも元気で威勢がいいのだ。ガツガツと犬でもちくわでも食うせいか?やはり中国四千年の歴史のなせる技か?ともかく彼らは生きていること自体が好きみたいです。ほら、どんな所にでも生えてくる雑草のようなもので、生きる事自体を受け入れています。どんな美しい花を咲かせるべきかなんてことはどうでもいいのだ、彼らには。

 そうそう、友だちのレイコちゃんから聞いたお話をひとつ。ある日彼女とその友だちが飲茶に行きました。となりのテーブルで、チャイニーズの女ふたりが言い争いを始めた。何を言い争っているのかわからないが、ともかくふたりとも大声で激しく怒っている。ひとりがすごい剣幕で席を立った。と、もう片方が「このやろーっ」とばかり席を立った女のカーディガンをひっぱって、行かせないようにした。すわっ、殴り合いか、と思いきや、なーんとこの人たち、どっちがお勘定払うかで言い争っていたんだって。「私が払う!」「いや、私が払う!」って。で、ようくまわりを見てみるといろんなテーブルで何人もの客たちが「私が払う!」「いや、私が!」とつかみ合いのすさまじい争いをしていたそうな。なんとも日本の田舎のおばちゃんたちみたいなお話でしょ。あー、好きだなあ、チャイナタウン。

 私ほどではないけれど、チャイナタウンが大好きという人はたくさんいて、必ず自慢のおススメのお店、というのをみなそれぞれに持っている。ヒロくんのオススめのお店は、モット・ストリートから少し脇に入ったベトナミーズレストラン。絶対覚えられないややこしい場所なのが好きだそうです。マイケルの行きつけは、安いコーヒーとほかほかの餡まんのチャイニーズ喫茶店。ビニール張りの椅子がほとんど破けているのが好きだそうです。私のお気に入りの小さなレストランは、チャイニーズ野菜を露店で買って持っていくと調理して出してくれる。英語が全然通じないのがおもしろくて好きですね。

 そして何より、ここでは何だって手に入るのだ。サロンパスや日本の薄いマスクだってあるんだから。薬局でゴキブリチョークを買った時には感動しました。ここに来たからには手ぶらでは帰れない。

 気がつくと、いつの間にやら足早になっていて、露店の野菜や果物、ビチビチのお魚や海老なんかを買い込んでしまい、両手いっぱいにチャイニーズ文字の入った派手なプラスティックバッグをぶら下げている自分がいます。とにかくなんでも安くてわんさか買えてしまえるのよね。日本のと全く同じ味の食パンが一斤1ドルとか、10個で1ドルの柿とか、ああもうキャーッと叫びたくなるくらいシアワセを感じてくる。チャイナタウンに来ると、ああ、生きてて得したあ、と心の底から神様に感謝する。どんどん元気になってくる。ようし今夜はスキヤキだー気分であります。

 チャイナタウンでしっかり充電し、また明日からぐるぐる巻きのニューヨーク暮らしに戻っていく私。で、あなたの元気になる場所はどこですか?

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