第 53 話
            ヘアケア

 その昔、4年間ドレッドロックスにしていた時期がある。当時、日本ではレゲエミュージックが流行り、ドレッドの男の子たちはクールだった。ひと昔前のレゲエおじさんの薄汚い臭いイメージとは全然違っていて、みんなきちんと髪の毛やお洋服のお手入れが行き届いていました。とはいえ、さすがに女の子のドレッドはまだまだ見かけなかった。

 その頃、私は6万円もの大金を払って、4カ月に一回きちんとドレッドロックスパーマをかけてそれをキープしていたのだ。狂っていた、としかいいようがないです、はい。3人の美容師さんが6時間かかって髪を細かくツイストに結い上げ、2度パーマをかける。髪が傷もうが縮れようが、まったく気にしなかった。ある朝起きたら、枕元にドレッドのかたまりが一房ぼたっとちぎれていたこともあったなあ。シャンプーも思うようにできないので、結い目に人差し指を差し込んで、頭皮にココナッツオイルを塗ってくさみをとる、という独自の方法もマスターしていた。

 私のこのドレッドに関しては、ニューヨークに来てから何人もの珍しがりやさんに質問されました。「日本人なのにどうしてそんな髪なのか?」「もしかしてあんたは、ブラックとのミックスか?」等々。そうそう、「きゃー、すごい。これどうやってパーマしたの?お願い、やり方教えて。」とプロのアメリカ人の美容師さんたちにもよく聞かれたなあ。アメリカ人には、わざわざストレートヘアにパーマまでしてドレッドヘアにする技術がどうやらやらないようだ。

 さて、現在の私のヘアスタイルは、長短入り乱れたばさばさストレート。1年に2回ヘアサロンにいけばいいとこ、という状態。だって高いんだもの。タックスだのサービスチャージだのいろいろ取られていくと、馬鹿にできないくらい高くなる。まわりの人たちに聞いてみると、「カラーリングは自分でするようになった」とか「友達に切ってもらっている」といった意見が多い。

 ヘアケア用品のお店にいくと、自分でハイライトをするセットが売られています。細かい点々の穴がいっぱい空いたゴムキャップをかぶり、その点々からかぎ針で髪を少しずつ引き出して、そこに液を塗るのよね。この帽子を見た時は、その発想のすごさに思わず買ってしまったが、こんなものとうてい自分ひとりではできっこないんだわ。髪が思うようにかぎ針で引き出せないのである。友達はいつもボーイフレンドに手伝わせていると言う。

 風の噂では、ミッドタウンやアッパーサイドのお高いお店できちんと一ヶ月に一回カットしている、というお方もいるらしい。考えてみれば、そんなのは日本だったら当たり前だった。しかしここに来てみると、どうも私の回りはビンボーもしくはレイジーな奴が多いようだ。枝毛・切れ毛があったって、誰も嫌がりゃしないわ、とか、どうせすぐ伸びるんだから、あと三ヶ月はこらえられる、とか、いやはやビンボーケチくさい。日本にいる頃はつやつやのヘアを必死でキープしていた、という人に限ってこのザマである。

 たとえば街を歩いていると、日本からの観光客か現地在住か、髪のお手入れですぐわかる。日本からの人たちは天使の輪がまぶしいばかりに輝くストレート。現地在住人の髪はツヤがなくてばさばさしている。髪のお手入れなんて言葉はここではもはや死語である。どこのどんなシャンプーを使っていようがおかまいなし。カットの仕方も全然違うんだよね。日本の人たちは最新カットをみんな取り入れている。ここの住人は何が流行なのかもよくわからなくなって、結局安上がりなロングのストレートにしている人が多い。

 さて、カコちゃんの場合。彼女のヘアスタイルは、割り箸に少しづつ髪をきりきりに巻き付けてパーマした、変形ドレッドであります。このヘアスタイルができるところといったら、やはりブラックご用達のこのお店しかない、と踏んだ彼女は、ブルックリンの近所のお店で、250ドルも払い、6時間もかかってパーマしてもらった。偶然その夜彼女に会った私や友達は大絶賛。「カコちゃん、かっこいいじゃん。そのきついウェーブいいねえ。ブラックねーちゃんみたい。」と褒めちぎり。ほんとにかっこよかったのよね。

 ところが、それから一週間後、再び彼女に会った私たちはシェーと驚いた。あのみごとなパーマがすっかりとれて、ざんばらの乱れストレートになっているじゃないの。「ど、どうしたの、その髪?」上目遣いに私たちをにらみながら、彼女はくやしそうに説明してくれた。「やられた。5日後にシャンプーしたら、パーマが全部取れた…。」田舎の小学生のガキみたくなっちゃった、かわいそうなカコちゃん。日本人の髪質を知らないブラックやヒスパニックのお店にいくと、こういう災難が起こりがちですね。

 そういうわけで、ここでは誰ももはや髪に命なんてかけないのであります。

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