第 48 話
            ビザ

 「もう、潜ろうかと思ってるよ。」久々に会ったカコちゃんがどんよりしながらこうつぶやいた。H-1ビザがぼちぼち切れてしまいそうなんだけど、次のあてがない。いろいろ手は尽くしてみたが、もはやどうにも打つ手がなくなってしまったらしい。

 私のまわりでも、ビザのことで困っている人はとても多い。ここアメリカというよその国にいる限り、これはもう避けて通れない問題であります。すでにお話したように、私はまだ日本にいる頃あの宝くじグリーンカードが当たってしまって、そのおかげで最初から何の問題もなくここで暮らしている。正直言って、そんな私にはビザの苦労話なんて聞かされても、どうもいまいちぴんと来なかった。しかし、それがいかにシリアスな問題であるか、まわりを見ているうちにやっとわかってきました。

 マサくん(仮名)は、あのペーパーマリッジをやっちゃった奴である。もう3年以上も前の話でして、実は数か月前に無事離婚が成立し、グリーンカードを手に晴れて自由の身となった。ペーパーマリッジを考案中のみなさんへの参考になるかもしれないので、ここでこっそりご説明しておきます。

 彼は信用のおける友達の紹介で、ペーパーマリッジを引き受けてくれるアメリカ人と結婚。契約金として 5,000ドルを支払った。結婚したことは、私を含む限られた何人か以外には極秘でありました。ところが、これがとんでもないビッチなオンナであった。

 まず二人は世間の目をごまかすために、ルームメイトとして一緒に暮らし始めました。当初の約束ではレントの一部は彼女が払うことになっていたにもかかわらず、このオンナはしかとして一度もレントは払わなかったそうな。しかも陽のさんさんと当たる広い方ベッドルームをさっさと占拠し、レントを払っているマサくんは。使用人部屋みたいな暗い三畳間に追いやられてしまった。冷蔵庫のものを勝手に食べるとか、お掃除しないなんてのはまだまだ序の口。そのうち結婚の証明として作った二人名義のクレジットカードを勝手に使いまくるわ、リビングルームでしゃあしゃあとドラッグはやるわ、最後にはドラッグディーラーをやっていることまで判明。いやはやとんでもない食わせ者だったわけです。 

 そしてついにある日、マサくんのお金と金目のものをかっぱらい、オトコと一緒にとんずらしてしまいました。実は逆にこれはマサくんにとってラッキーなことでありました。ここまで明らかにひどいオンナだったので、「もうこんなワイフとは暮らせない。」という彼の言い分はすんなり通り、簡単に離婚が成立したのでした。

 私のまわりの気のいい何人かのアメリカ人の男の子たちは、なぜかチャイニーズやコリアン、フィリピーナの女の子と結婚して、示し合わせたかのように約4年で離婚している。決してペーパーマリッジではありません。みんな「その時は」恋人同士としてつき合っていた。でも結婚相手とまでは行ってなかったんだけど、グリーンカードがないと国に帰らなきゃならないのよ、と泣きつかれ、ついつい結婚してあげちゃった、というパターンであります。ゆえに結婚生活がうまくいくわけがない。ところが女の子の方は、結婚生活なんて実はどうでもいい。グリーンカードを手にするやさっさと離婚して、仕事や新しいオトコを手に入れてたくましく生きています。

 さて、残された気のいいアメリカ人のオトコたちはというと、どうもぐずぐずと何か後を引いているケースが多い。「なんだかもう、リレーションシップに自信がなくなって、セラピーに通ってるんだ。」などとめそめそしている奴のなんと多いことか。ビザの問題は、こんな形でアメリカ人にも影響を及ぼしているようです。

 ビザ切れでしかたなく帰国した友達も多いが、同じビルに住むケンジくん(仮名)のように、すっかり腹くくって何年も潜っているという話も時々耳にする。「もう親の死に目に会えない覚悟です。」なんて泣かせること言うけれど、やっぱし、潜っちゃいかんよ。それだったら、グァテマラまで行ってパスポートの盗難届けを出し、再発行してもらって潜りの過去をすべて消してしまったジロウくんの方がずっと明るい。

 アメリカくんだりまで来て、モグラ化した人生送っていてもつまんないよ。と私はカコちゃんに当たり前のことしか言えないのでありました。そして一方で、昔グリーンカードのことで悩んでいたとても仲良しの女友達に、「お願いだから私と結婚して。レズビアンでも結婚できる州があるのよ。」とかなり真剣に詰め寄られ、それに応えることのできなかった苦い経験のある私としては、カコちゃんに結婚でも申し込まれたら一体どうしたらいいのだろう、と苦しむのでありました。

 ああ、国籍なんて誰が作ったのだ。世界はひとつなんて誰がほざいたのだ。なんとかならないのかなあ、ビザのこと。

home
essay contents
next