第 47 話
            くそガキ・クリック

 ノリコが2週間のバケーションを取ったので、その間彼女のネコを預かることになった。何の因果か、こいつの名付け親は実はこの私でありまして、その名も「クリック」。なんともコンコンピュータに苦しむ私の悩みがそのまま出てしまった感もあります。

 こいつ、まだ世間のことなど何も知らない5か月の子ネコである。ものすごくイヤな予感がした、のは私ではなく、カムチンでありました。なんせカムチンはすでにこの世に15年も生きているご老体。人間だと立派なじじい、である。そんな日本の頑固じじいとアメリカのくそガキがはたして2週間もうまくやっていけるであろうか。

 何年か前に、クミコのネコを2、3日預かったことがある。その時の悲惨な体験は、いまだに私の脳裏に深く焼き付いている。 クミコのネコはアメリカのじじい、であった。アメリカのじじい対日本のじじいの共同生活はうまくいかなかった。

 アメリカのじじいは私のベッドルームを占拠し、そこから一歩も出てこなかった。心配になった私がベッドルームにトイレとえさと水の入ったお皿を移動するしかないほどに、アメリカのじじいはそこにじっと居座り続けていた。そして日本のじじいがのこのこ近づくと、ハーッと口をヘビ女のように開けて威嚇した。私に対してすら、彼は心を開かなかった。絶対に誰も寄せ付けない、ある意味でものすごくクールなじじいであった。

 そういうことがあったせいで、今回私はかなりナーバスになっていたのでした。さて、いよいよご対面の瞬間、彼らはやっぱりハーッとヘビ女になった、がそれも一瞬の出来事で、あとはお互い他人のフリを始めた。勝手にやってれば、てな調子で、カムチンはくるりと向きを変えてまたのそのそとヒーターの脇のお気に入りの場所に戻り、クリックはひとりでビョンビョンそこいら辺を飛び回っている。

 「あ、言い忘れたけど、こいつものすごいハイパーだから気をつけてね。」と今さら言われても、もうすでにクリックはソファをバリバリかきむしり始めているじゃないのさ。ドライフラワーの入った籐カゴを発見するや、「ニャ、ニャーン!」とうれしそうに叫んで飛んで行き、あっと言う間にドライフラワーをばらばらにしてくれやがった。

 何より困ったことに、この5か月のくそガキは、カムチンのシニア用のドライフードがものすごく気に入ってしまったのだ。自分の子供用のには目もくれず、ふん、ガキ用なんて食ってられっかよう、へへん、とばかり、カリカリとシニア用を夢中で食べている。さらに困ったことに、カムチンのトイレまで使うようになってしまった。自分のアルミの小さいガキ用トイレをも、こんなもん使ってられっかよう、ケッ、とばかり、カムチンの大人用のトイレに入ってしまう。背伸びして大人の真似をしたがる人間のガキとまったく同じであります。

 さて、疲れを知らない育ち盛りのクリックは、一日中気が狂ったように部屋を走り回っていた。そしてついに、カムチンにまでちょっかいを出すようになってしまった。じじいのカムチンには1日23時間の睡眠時間が必要である。ところがクリックは、すやすやと眠っているカムチンの短いシッポをバシッとはたき、「遊ぼうよー。」とだだをこねる。上目遣いにカムチンににらまれても、へっちゃらである。そのうち調子に乗ったクリックは、ソファの上からびゅーんとジャンプするや、カムチンの体の上にタックルをかけた。

 カムチンはそれはそれはおとなしい、気だてのいい、お人好しであります。そのカムチンがついに怒りを爆発させた。このくそガキィ、てめえは居候の身なんだぜ、黙ってりゃいい気になりやがって、と叫んだかと思いきや、こぶしの中に肉球を固めて、バシーンッと思いっきりクリックを殴った。ころころ転がるクリック。「ニャ、ニャーン!」と顔を押さえて床にうずくまる。私はあまりのおもしろさに、カメラのシャッターをカシャカシャと切り続けていた。

 「クリックが妙におとなしくていい子になってさあ。カムチンが厳しくしつけてくれたみたいで、助かるよ。」ノリコからその後こんな報告があった。どうやらクリックはお年寄りへのリスペクトをしっかり学んだようです。

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