第 45 話
            クラーい話

 きょうはいきなり、クラーい話を一発かましてあげよう。

 最近知り合ったアメリカ人と遅いディナーに行った。彼が連れていってくれたのは、ハドソンリバーの脇を少し入った、ほとんど人が歩いていない、ミートマーケットと呼ばれる暗い場所であった。そのレストランはものすごく暗くてテーブルに小さなロウソクがボーッと置いてあるだけで、音楽もなければ私達以外に客もいなかった。

 さて、食事も会話も弾んできた頃、いよいよ彼のクラーいお話が始まった。「実は、去年あることでものすごく落ち込んでしまって、ある夜つい、ほら、やっちゃったんだよね。」と言って、彼は左手のシャツを少したくし上げて、右手の人差し指で、手首を切るしぐさをした

 私はつまんでいたフライド・カラマーリを思わずぽろっと落としてしまいましたね。「う。」としか言いようがなくて、じっとしていたら、「ボクの母親ってのがふしだらなオンナで、結婚しているのにいろいろ他にも男がいたらしいんだ。で、ボクはどうも父親の違う子供らしい、とわかってきて、それが原因で両親は離婚してしまった。そういうわけで、幼い頃からボクは、自分は一体何者なのか、とずっとずっと苦しんでいるんだ。」

 彼のお父さんってのが有名な映画のシナリオライターでして、彼はそのことでもかなりプレッシャーを感じているらしい。それ以上詳しいことはもう話してくれなかったんだけど、あのドストエフスキーやら何とかやらといった、苦悩好きなロシア人の血をひく彼は人一倍苦悩して、ついに手首をガーッとやってしまったらしい。

 「でもさ、みんないろいろ問題抱えてるわけで。気持ちはまあ少しはわかるけど、でも何もそんなことで今さら死のうとしなくてもいいのに。」などと、のんきなことを言う私に、彼は黙って静かに笑うだけであった。うふふ、キミのような脳天気な奴には何もわからんさ、といわんぱかりであります。

 私もさすがにちょっとムッとして、「私だっていっぱい苦悩があるよ。英語がちゃんとしゃべれない、とか。来月のレントどうしよう、とか。コンピュータのことなんか考え出すとつらくて泣けそうになる。」「いいね、キミは…。でも人間ってもっと深いところで、たとえばなぜ自分は生きているのか、みたいなこと、そういう重要なことを考えたことないかな?」「うーん、高校生の頃、考えてたけど。」

 忙しいフィルムメーカーのそのオトコは、たまにヒマになると「なぜ自分は生きているのか」ということを、一日中考えているそうな。私からすると、なんだか暇つぶしに苦悩してるだけのような気がするのだが。ともかく、36歳にして手首を切ったオトコの気持ちは、どうしても私には理解できなかったのでした。

 さあて、私もこの冬は、金もないしオトコもいないし、あるのはヒマだけだから苦悩でもしてみるか。ニューヨークのウインターは、うんざりでどんよりで、まったく苦悩するのにもってこいなのであります。

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