第 42 話
            おめでた

 親友のヒトコ(34歳)がおめでた、であります。びっくりしたことに、こんなめでたいニュースだというのに、彼女は4ケ月も夫のトムと日本のお母さん以外の誰にも知らせてなかった。「だって階段から転げ落ちて流産するかもしてないし、実は想像妊娠でした、なんてこともあるし、そうやすやすと人には言えないわよ。」だって。石橋をガンガンうるさいくらいたたいて渡るタイプの彼女ならでは、の発想です。

 しかしそんなこと言う割に、その空白の4か月間を振り返ってみると、私と一緒にショッピングに出かけてガシガシ歩き回っていたはずだ。しかもその時彼女はたしかハイヒールを買ったのだった。そうそう、カフェではカフェインのきいたブラックコーヒーをお代わりしていたじゃないのさ。電話で夜更けまで話し込んでいたのもあの頃だったぞ。そんなことしていいのか、おいおい。そうだ、その間に彼女たちはアパート捜しを開始し、毎週末歩き回っていたのだった。毎晩遅くまで引っ越しの荷造りで大変よー、と言っていたはずだ。とても流産を心配する妊婦の行動とは思えない。よくわからない女である。 

 グラフィック・デザイナーの彼女は、妊娠がわかるやこっそりと就職活動を開始し、ずっと条件のいいオフィスにさっさと移ってしまった。で、冷静慎重な割に、大胆にもその移ったばかりのオフィスに休暇届けを出して、夫と共に日本に里帰りし、九州や京都まで回ってきた。「赤ちゃんが生まれてしまったら、なかなか旅行もできないんだから。」などともっともらしい言い訳をしていたが。

 しかし、さすがに彼女の新しいボスは驚いたらしい。新しく入った社員がいきなり、「実は妊娠しました。ついでにバケーションを取りまーす。では、2週間後に。」と言ってきたんだからね。まあ、アメリカの会社はこういう場合、妊婦に弱い。女性は子供が出来たら会社をやめなければならないなんて、とんでもない。そんなことしたら会社はスーされて大金巻き上げられちゃうもんね。彼女はでかい顔してアメリカの弱みにうまくつけこんだというわけだ。抜け目のない女である。

 来年3月に出産予定、男の子ということもわかり、今あれこれ名前を考えているらしい。「ゴッドマザーになって。」とお願いされたんだけど、なんせ日本の名前とアメリカの名前の両方にうまく使えるものでなければならないとあって、なかなか大変である。

 「実は『Maxwell』ってなかなかいいんじゃないか、と思っていたんだけど。」日本のお母さんにそう言ったらゲラゲラ笑い出したそうな。私も一瞬黙ってしまった。「そ、それって、インスタントコーヒー、かも…。」お母さんも同じ発想をしたらしい。しかも日本名の方を、それにひっかけて『マキシ(真志)』にしようとしていたら、アメリカ人の夫トムが、「それは非常にまずい。」とやはり困惑したらしい。『マキシ』って誰でも知っている生理用品のブランド名(Maxi)だそうだ。

 「アメリカ人の名前では日本人に笑われ、日本人の名前ではアメリカ人に笑われるなんて、やっぱり子供がふびんだよね。」と彼女は真剣にがっかりしている。どなたか彼女の赤ちゃんにすばらしい名前をつけてあげてください。採用された場合のお礼は、インスタントコーヒー1年分、もしくは生理用ナプキン1年分でどうでしょう。

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