第 39 話
            ナッツ強盗事件

 いつものようにアパートのドアを開け、部屋の中に入った私は驚いた。床に土が散乱している。窓際に飾っておいたネコの置物が倒れ、首がころんところがっている。置き時計も床に落ちて動かなくなっている。ああ、盗っ人に入られた、と私はあわててまずこの部屋の中でいちばん値の張るコンピュータがちゃんとあることを確認し、次にテレビもベッドもそこにあることを確認した。もちろんこの部屋にキャッシュなんてあるわけないし。       

 では一体この盗っ人は何をかっぱらって行ったというのか。「げっ、カムチン!」。ネコを飼っている方ならご理解できるでしょうが、盗っ人がカムチンのあまりのかわいさに思わず金目のものを奪うのを忘れ、しっかとカムチンを小脇に抱えて走り去る姿が浮かんでしまった。しかしカムチンは相変わらずのまぬけ面でニャーとクローゼットからのびをしながら出てきた。                                    

 うーむ、では一体何事が...。ふと窓の前に置いてある植木鉢に目をやると、なんとその中に入れておいたはずのナッツがごっそりなくなっているじゃないの。土が掘り起こされ、ポトスの根っこがむき出しになってしまっている。「こ、これは...もしや...。」             

 ここでちょっとご説明します。私んちには毎朝リスが窓からナッツをおねだりに来ます。彼は窓にべったりとムササビ状態で張りついて、つぶらな瞳で私の方をジッと見つめる。私はこいつのことを「リスさん」と呼んで、植木鉢の土の上に常備したナッツを彼に与えてかあいがってやっていた。カムチンはリスさんのことをでかいシッポのついた大ネズミと思っているらしく、リスさんがやってくると少し距離を置いてこっそり観察しています。一方、ホームボーイのバリバリのニューヨーカーであるリスさんの方は、平和な日本国からやってきたネコなんぞケッ、てなもんで、カムチンには目もくれない。

 さて、私もようやくこの状態を把握してきた。どうやらリスさんはエアコンの下のわずかな隙間から、ヌメヌメと体をタコ状態にして中に侵入したものと思われる。よくもまあこんな所から入れたもんだ、と感心する。彼はナッツをホッペにほおばって何度もせっせと行き来して運んだのだろう。さすがにそれ以外のものには手をつけていなかった。彼にとっては値の張るコンピュータよりナッツの方が数段価値があるのだな。

 この「リスさんナッツ強奪事件」を聞いた友達たちは、口をそろえて「だから言わんこっちゃない。」と私を戒めた。リスは危険な毒を持っていて、引っかかれたり噛みつかれるとものすごくヤバいのよね。根性の薄汚いいやしい動物、とまでののしる友達もいます。つぶらな瞳とふさふさのしっぽに惑わされ、私はついつい手渡しで彼にナッツを与えていましたが、みんなから常々「危ないからやめろ。」と言われていたのよね。やれやれ、飼いリスに手を噛まれた、ってわけです。

 翌日、さすがにリスの野郎は姿を現さなかった。こずるっこしい小動物め。しかし3日後、いやしいリス野郎はまた何事もなかったかのようにおねだりに現れた。私は完ぺきに無視してやった。凝りもせずエアコンの下から入ろうと、ガリガリやっている。ふんっ、もうそこはしっかりテープを貼ったのさ。高笑いする私に、「アンタねえ、リス相手に何やってんのよ。人生短いんだよ」とまた友達は私の行動を非難する。ニューヨークくんだりまで来てリスと戦っているなんて、とても親には言えないわな、確かに。

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