第 32 話
            あっぱれ、日本男児

 「ニューオリンズに、お茶くみに行かない?」いつもヒマな私に、こんなお仕事の話が来た。よくわからんが、ともかくヒマこいてるので引き受けた。毎年アメリカでは、胃腸器官系医師学会というのが開かれていて、日本からも何千人もお医者さんたちが参加します。ある製薬会社が、そのドクターさんたちの朝食とランチを日本食でおもてなしするらしい。というわけで、その製薬会社のおもてなしのお手伝いに、私はニューオリンズくんだりまで出稼ぎに出向いたのでした。アメリカにいてヒマしていると、時々こんな変なお仕事が舞い込みます。

 わーい、お小遣いのもらえるバケーションじゃん、ラッキィー、なんて気分で軽く引き受けてしまったが、仕事となると甘いもんやおまへんでした。4日間、私はなんと朝6時起き。エアポートの近くのホテルから毎朝タクシーを30分飛ばして、市内の超一流ホテルに出向きます。そのホテルの広いスイートルームを一時的にラウンジにして、そこに日本食レストランからデリバリーされたおにぎりやらお味噌汁やら厚焼き卵やら肉じゃがやらを、バイキング形式で出すわけです。

 確かにニューオリンズのクレオール料理やケイジャン・フードはスパイシーでおいしいんだけど、毎日こればかりだと、華奢な日本人はグッタリしてくるのよね。特にむしむし蒸し暑いニューオリンズでは、おにぎりとお味噌汁、冷たいウーロン茶はありがたい。これはものすごくみんなに重宝された。「4日間で実は30個、ここでおにぎり食べましたよ。」と言ってくれたドクターさんもいました。カップうどんも人気商品だったなあ。やっぱり普段食べ慣れているものに限ります。

 さて私のお仕事は、雑用係。お味噌汁の具をお椀に入れていったり、お皿やスプーンの追加をホテルで働いている給仕係に頼んだりするってわけ。なんせ毎日200人くらいのドクターさんが立ち寄るんだから。いやはやほとんど立ちっぱなしで、6時にお仕事が終わる頃には足はガクガク、肩こり筋肉痛。いっぱしの出稼ぎ肉体労働者でありました。

 だがしかし、せっかくここまで来てながらこのままじゃもったいない。お仕事が終わると、鉛のようになってしまった足をズリズリ引きずって、「フレンチ・クォーター」と呼ばれる繁華街を歩き回った。ぶらぶら歩いているだけで、街のいたるところからジャズの生演奏が聞こえてくるところは、さすがニューオリンズ。エッチな派手なネオンのお店もいっぱいあるぞ。古いヨーロッパ調の街並みといい、ここは、アメリカ国内ではかなり異色な場所、と見た。

 ところで、OLというものをやったことのない私には、この一流企業の選び抜かれた営業マンたちのお仕事ぶりに驚かされっぱなしでありました。営業マンたちは、本来なら私のお仕事であるべきお茶くみもお味噌汁くみも、手際よくさっさとやってくれるもんだから、私の出る幕がなかったのよね。

 このホテルで働いているのんびり屋の南部黒人の給仕人達も、彼らの働きぶりに圧倒され通し。テーブルクロスを取り替えようと持ってきているわずかの間に、日本男児の手でサササーッと手際よく取り替えられ、「あっ!」と驚く。お皿を取り下げようとテーブルに近づくと、またもやすでにそのテーブルは数人の日本男児に取り囲まれ、1秒後にはきれいに片づけられ、「ひぇー!」とのけぞる。全てがこの調子でてきぱき動いていくわけです。ボー然と立ちすくむ南部黒人とニューヨークの私。

 ほんとにお仕事ができる一流の人たちって、どんな単純なお仕事だってやっぱり一流にやりこなすのねえ。いやはや、あっぱれ、日本男児。こういう人達がいる限り、日本はまだまだ大丈夫、と深くうなずく私でありました。

home
essay contents
next