第 31 話
            バスに乗ろう

 私はバスに乗るのが大好きです。バスってのは実は能率が悪く、たとえばちょっと渋滞する時間に乗ってしまったら、徒歩で20分かかるところにバスだと17分で着く、というくらいの差しかありません。とにかくトラフィック事情がむちゃくちゃ悪いのよね。でもヒマな私にはどっちでもいい。バスからキョロキョロ街の様子を眺めるのが楽しくってしょうがない。そう、お上りさん気分であります。

 そうそう、さすが日本とは違うなあと感心するのは、クルマ椅子の人も簡単に乗れること。日本のバスって、たしかクルマ椅子の人が利用できるような親切な作りになっていないよね。こっちのバスは後ろのドアからガーッと板みたいなのが延びて、その板づたいにクルマ椅子の人が乗せれるようになっている。バスの運ちゃんが席を立って後ろのドアまで歩いていき、きちんと全てヘルプしてあげている。かなり時間がかかるので、みんなじっと待たなくてはいけないけれど、こういう場合は忙しいニューヨーカーも黙って待っています。

 ユニークなバスの運ちゃんもけっこういて、客を楽しませてくれたり、ハラハラさせてくれたりします。この間は、妙にシリアスな顔つきで、キョロキョロしながら運転する運ちゃんに当たった。あぶないなあ、と厳しく彼を監視していた。ら、突然バス・ストップでもない場所で、バスをギュイーンと道の脇に横付けしたかと思ったら、ダーッと飛び出していった。なあんだ、こいつトイレに行きたかったのね、と納得しました。

 ところが、バスの窓からしつこくジーッと事の成りゆきを見ていた私は、あ然とした。彼は近くの大きなコリアン・デリに走っていき、店頭に並べられたリンゴを選んでいるじゃないの。それもじっくり時間をかけて、手のひらにリンゴを乗せたりながめたりしておいしそうなのを選んでいやがる。おいおいおい、私は客なんですが。ようやくリンゴの入った茶袋を握って、彼はホクホク顔で帰ってきた。そして実にうまそうに、運転しながらかぶりついています。そうだよな、リンゴが無性に食べたくなってしまうことだってあるわな。と、私は懐の広い人間になって、なんとか彼のことを理解しようとしましたが。

 そういえば、私は運ちゃんにナンパされたことだってあるのさ。その日、珍しく乗客は私ひとりでした。と、信号待ちしていた運ちゃんが、クルリと私の方を振り向き、「ねえねえ、彼女、どこまで行くの?」となれなれしい態度で聞いてきた。「ラスト・ストップまでだよ。」と、ちょっとたじろいで答えたら、「ふーん。じゃあさ、このままこのクルマでドライブしない?」。このクルマって、つまり、バスだよなあ。一瞬、楽しいかも、と魔が差しそうになったんだけど、やはりお断りしました。

 「ヘイ、オレのかっちょいいバスでドライブしないか、ベイビィ。」なんて言われたら、女はいちころよね。真っ赤なスポーツカーも、HONDAの新車も、バスにはかなわないぜ。こんないいことがあるから、私はやっぱりバスに首ったけ。


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