第 26 話
             映画

 新年早々、お正月映画「タイタニック」を観るために、6時間前に映画館に行ってチケットを買った。やはり押さえるところは押さえておかなきゃ、という庶民な私であります。で、やっぱりウウウッ、と泣いてしまった。隣の席のチャイニーズの女の子もズビズビ、と泣いていました。「タイタニック、観た?」がこのお正月明けのニューヨーカーたちの挨拶代わりになっていたらしい。若い女の子たちは、「泣きたくて」「泣くために」この映画を何回も観に行っているとも聞きました。やっぱりお正月映画って、こうでなくっちゃね。ややこしいことは抜きで、ともかくしっかり笑わせてくれたり泣かせてくれなきゃ新年も始まらないってなもんです。

 しかし、アメリカ映画って、どうしてあんなに簡単に怒って簡単に人を殺すのでしょう。ある友達がブラックムービーを観に行った時、その映画の中で一体何回「F!!K」と言うかストップウオッチで数えたら、185回だかだったそうで、ものすごくショックを受けていました。私は時々観客の態度や反応にもびっくりします。たとえば、シリアスに人が殺されるシーンでワッハッハッと大笑いするのよね。あまりに簡単に人が死ぬシーンを見慣れすぎて、どっかネジがゆるんでいるとしか考えられない。かと思えば、スクリーンに向かって「いかんよ、それはいかん!」とか何とか大声で説教を始める人もいます。そうそう、アクターが次に言うセリフを先に言っては、「ほーら、当たった!」と得意満面になる方もいます。クイズ番組じゃないんだってば。

 「なんだかニューヨークに来てから、深く考えさせられる映画というものをぜんぜん観てない気がする。」と、友達ががっかりしたように言い出した。そう言われてみると、日本にいる頃は、映画を観るというとヨーロッパ映画がメインでした。別にヨーロッパ映画に限らず、何ミリオンだの使わなくても、単純なハピィエンドですまない、複雑怪奇な人間のリアリティを追求する鋭い作品を日本ではちゃんと観ていたような気がします。ところがここに来て以来、めっきりヨーロッパ映画を観なくなった。だってまず、アメリカ映画以外のものを上映しているシアターが少ないんだもの。

 うちのすぐ近所の「アンジェリカ」というシアターはそんな中で、頑張ってけっこういい映画を選んで上映してくれている。ヨーロッパもの以外にも、注目されているのチャイニーズのディレクターものとか、日本のムービーも時々上映されています。ハリウッド映画は一切やらない。だからアメリカ人と一緒に「アンジェリカ」に行くと、隣でガーガーいびきをかいて寝てしまわれることがよくあります。

 幸か不幸か、私はここに来て以来、映画に対する考え方、楽しみ方がかなり変わりました。そう、映画は娯楽。ポップコーンとコークを手にお気楽に楽しめばいい。そのせいか以前はディレクター先行でじっくり観ていた映画というものが、今はまわりの友達たちのお勧めに従って何でも観る、という態度に変わったのでした。そう、懐が広くなったのよ。だから「タイタニック」は実に楽しめました。ディカプリオは美しいし、船の沈没シーンは迫力あったし、何よりお客様は神様、という金のかけ方がうれしいじゃないの。以前の私だったら、「ふん、青臭い映画。」なんてほざいていたに違いない。

 それでもそのすぐ後で、英語の字幕入りのスペイン映画、「ライブ・フラッシュ」なんてステキなものを観てしまったら、あーやっぱり映画ってホントーにいいですね、って心の底から言いたくなるのでした。



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