第 24 話
            「Y」

 日本に帰っている間全く泳いでなかった。ら、てきめんに尻が垂れ、太股がむっちりしてきた。こりゃいかん、と私はあわてて「Y」にまた通い始めた。ふふふ、ニューヨーカーはYWCAとYMCAのことを「Y」と言うのだよ。これを友達のアメリカ人から教えてもらった頃はもううれしくて、「きょう、Yに行ってきたんだ。えっ、Yだよ、Y。」なんてわざと使っては、得意気に説明して喜んでいたものです。

 ニューヨークに住むようになって私がいちばん最初に捜したのが、スイミングプールでありました。何をやっても長続きしたためしのない私が、なぜか水泳だけはかれこれ10年以上続けている。水泳だけは、たとえアラスカに住もうとやめれない。冗談じゃなく、そのくらいもはや生活の一部になっているのだ。

 さて、そういうわけでプール捜しにはかなりリキが入りました。高いメンバーフィーを払えるなら、フィットネスクラブを始めいいプールはたくさんあります。でもそんなところはとても私には払えない。安いコミュニティプールという手もあったんだけど、チッチッチッ、通の私にはガキと一緒に泳ぐようなプールは許されないのさ。いろいろチェックして、ゆったり泳げる上にお手頃値段の「Y」のメンバーになったというわけでした。

 今回のように日本に長期帰るようなことがない限り、年がら年中、週2、3回は通っている。1時間休みなしのぶっ続けで、ゆっくりと平泳ぎするのが私のスタイル。これがもう気持ちいいったらない。あまりの気持ちよさに、気がついたら泳ぎながらうとうと居眠りしていたこともあります。

 ところが、いい気持ちで泳いでいる私のお気に入りの時間をかき乱す奴等のなんと多いことか。ある時など、アメリカ人の中年のおばさんがいきなしターンッ!とすごい勢いで飛び込んできた。おまえー、飛び込みは禁止されてんだぞー。ところがこのおばさん、一方通行スイミングを始めた。わかりますか?ご説明しますと、プールのレーンというのはサークルで泳ぐのが基本。クルマの2車線運転と同じです。右側を泳ぎ終わって向こう岸に着いたら今度は反対側を泳いで帰ってくる。これ、常識ですね。

 ところがこの突撃おばさんってば、クロールでバシバシ同じ方向を行ったり来たりし始めたのである。当然前から泳いでくる人は驚く。そしてぶつかる。それでもこの自己中おばさんは、全く自分がやっている愚かな行為に気がつかない。次から次へと前から泳いでくる人たちをバッタバッタとなぎ倒して突進して行く。前から来る人達のあわてふためく顔。みんな手足をカエルみたいにばたつかせて、なんとかこの事態を避けようともがく。ついに頭突きでガイーンとぶつかられたおじさんが注意し、おばさんはぶつくさ言いながらやっとみんなと同じ方向に従ってくれたのでした。一体なんでこんな単純なことがわからないのか、ああ、わからない。

 プールの中でいちゃつく奴らもいます。世間の目なんて全く気にしていない。水の中で一体何やってんのか知らんけど、「やーん、ダメよー。そんなことしちゃあ。もうー。」「いいじゃん、ちょっとだけ。ほれほれ。」とかなんとか言いながらウキーッとしてる奴らってばもう、バタフライで間に割って入ってやりたくなります。かと思えば、わざわざプールの中で別れ話を始めるカップルもいる。おまえら、そんなこと地上でやれよー。

 人の足や腹をけっ飛ばすのなんて当たり前。私は太股を爪でえぐられ、出血したことがあるんだから。かと思えば後ろからがんがん突進してぶつかってくる奴もいる。そうそうカメのようにのろのろ漂う困ったおばさまもいます。隙を見て追い越そうとすると、「私が泳いでいるのをじゃまする気か!」とかわけのわからん理屈をこねて、追い越し禁止例を勝手に出してくれたりする。真ん中あたりでおしゃべりに夢中になって動かない集団とか、とにかく誰もかれも人が注意しても知らんぷり。

 私はこの狭いプールからアメリカという国を学んだ。まったく信じられないくらい自分勝手な奴が多い。思いやりとか人の迷惑とか、つまり他人とうまくやっていくことなんて誰も考えてないんだから。これじゃ離婚率50パーセント以上っていうのもよくわかる。この調子で、絶対何人かはプールの中でおしっこしてるに違いない、と私は確信しているんだから。



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