第 21 話
         日本発、緊急事態発生
 日本じゃワールドカップ出場でサッカーが盛り上がっててさー。中田くんが人気でさー。TV番組はどのチャンネル回してもお笑い系でさー。そうそうキティちゃんがまた流行ってて、おじさんまでケータイにじゃらじゃらぶら下げているんだよー。あっ、そうそう、夜中にお腹減ってセブンイレブンにおでん買いに行ったら若い子にナンパされたぜー、どひぇ〜、…てな調子で、私はわあいわあいと大はしゃぎして、日本の様子をおもしろおかしくお知らせする予定でした。

 ところが、またもや番狂わせな緊急事態発生。突然父が倒れたため、急きょ実家の岡山に東京からとんぼ返りしたのでした。実は東京に到着して一週間後に、一度岡山に行ってみたいという横浜育ちの友達を連れて岡山に帰ったのです。二人でしっかりツーリストして、尾道や倉敷を田舎の鈍行列車で旅行し、元気そうな両親の様子にも安心して東京に帰ってきたその矢先の出来事でした。

 こんなあまりにプライベートな、しかもあんまり楽しくないことを書くのはどんなものか、とちょっとためらった私でありましたが、これは日本から遠く離れたアメリカで暮らす人たちみんなに共通の話題かもしれない、と思い直しました。

 そう、海外で暮らすってことは、親の死に目に会えないかもしれないことを、一応覚悟しておかなきゃならないってことなんです。どこに住んでいようと会えない時は会えないものなのだ、とか言われそうだけど、現実に家族の身に何か起こったとき、そう簡単にズダダダダッと帰れない距離って悲しいものです。

 私が知っているだけでも4人の友達は親の死に目に会えなかった。親の死に目には立ち会えた、というか、立ち会うために長期戦になり、そのまま2か月、3か月、なかには半年以上も日本に留まっていた友人も何人かいます。着替えを取りに週末アメリカまでちょっと帰って来るわ、ととんぼ帰りするわけにもいかないものねえ。

 幸いにも父親は危険は脱しましたが、倒れて24時間は実は最も危なかったと後で聞かされた。子孝行な父親は、私が日本にいるのを見計らって倒れてくれたからまだよかった。私は東京からズダダダダッと駆けつけることが出来た。でもこんな都合のいいことは通常めったに起こり得ないのだ。ニューヨークにいたら、と想像したらぞっとした。

 ニューヨークなんて近い近い、ひゅーんとひとっ飛びさ、なんて軽い気持ちでここに移り住んでしまった私ですが、どうやらこれは甘かった。と今回ようやく気がついたのでした。私ってば、実は身動きのとれない距離のところに住んでいるんだ。そして日本を出てよその国で暮らすということは、これはもう「親不孝者めが」とののしられてもしょうがないってことかもしれません。

 いい加減な気分でニューヨークに移り住んでしまった私ですが、今回のことでかなりシリアスに大決心した。親の死に目に会えないかもしれないニューヨークで、やっぱりなんとか暮らしていこう、ときちんと決心しました。それくらいの気持ちがなくては親がかわいそうである。 

 岡山の古びた漁村の病院の一室で、父親の寝顔を見つめながら、「親不孝します、ごめん。」という決心をして私は日本を去るのかあ、と大嘆息…。



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