第 19 話
          切れた!

 もう我慢できない。いつか必ずこのことについて書く日が来てしまう気はしていた。そして、ついに切れたぞ。

 私が平和に暮らすアパートの脇に、ある日突然クラブが出現して早や1年が過ぎた。どうせすぐにクローズするわさ、とタカをくくっていたのに、日増しにクラブの前のラインは延びて行くばかり。一向にクローズする気配もないのよ。なんせ、初めてダウンタウンの繁華街に出来たちょっとおしゃれなクラブ、ということでいろんな雑誌やメディアが取りあげてしまった。日本のある有名ファッション雑誌にまで紹介されていましたね。   

 オープン当初、当然ご近所中から苦情の声が押し寄せた。みんなでなんとかしよう、とこの辺りの人達が一体になり、署名運動も始まった。通常こんな住居地帯のど真ん中にクラブなんて作っちゃいけないはずなんだもの。このクラブの真上に住んでいる人なんてほんとにかわいそうです。なんと音の振動で夜中にベッドがズズズ、ズズズと動くんだって。

 クラブの裏の空き地では、ドラッグディーラーが商売に励むようになった。マリファナの匂いは窓の隙間から私の部屋の中にまで侵入してきていました。ガラの悪い奴等が大声出してうろつくようになった。こんな状況なのに、警察もシティもだーれも口答えできません。というのも、ここのオーナーってのが、この辺り一帯を取り仕切っているイタリアンマフィアのボスらしい。だから、何なんだー!としろうとの私は怒るけど、やっぱり、誰もこういうこわいお方に逆らえないのが世の常のようです。

 ちなみに私のアパートは一階でして、クラブの裏の空き地にベッドルームとキッチンの窓が面するというつらい立地条件の元にあります。ズズン、ズズン、と地の底からベースの音が響いてきて、とても眠れたものでない。耳栓をして寝ていたこともありました。これが週末は朝の六時頃まで続くんだからたまらない。これでもまだ最近少し音が小さくなってきたのは、みんなが根気よくコンプレインし続けた努力のたまものです。

 さてこの間の出来事。早朝5時頃でありました。うちのキッチンの窓で大きな影がゆらゆら揺れた。私はてっきり、うわー、泥棒だと思いました。こわかったけど勇気を出してカーテンを少し空けてこわごわ覗いた、らなんとカップルが壁に張り付いて、はあはあぜいぜいとエッチなことしているではないか。さすがに寒いので裸というわけではなかったんだけど、もうブチブチのキスと、ごにょごにょのエッチな動きが見る者の怒りを誘う。

 私は切れた。なんでこんな人様のアパートの台所の脇でエッチするんだー、おまえらは!あまりの怒りに窓をがんがんたたいてやったら、彼らは「ひぇー!」とか言いながらスタコラ逃げて行きました。そう、このにわかカップルはクラブで酔っぱらっていい気分になって、裏の空き地でエッチしようと出てきていたのよね。ひどいと思いません?でも、この話を友達にしたら、興味はついつい、どういう体位であったかとか、声は出していたかとか、みんなわくわくしながら聞いてくるだけ。繊細で傷つきやすい私の気持ちなんて誰もわかっちゃくれない。

 あ、来た、来た。また今夜もズンズンが始まりました。とりあえず一杯ひっかけて、意地でも私は寝てやるぞ。きー、くやしい。

 *後日談:それから月日は流れ、ついにこのクラブ「ライフ」はクローズしました。さすがのニューヨークシティも、一般市民の根気強い怒りの声は無視できなかったってわけさ。しかし、この運動に疲れはてて引っ越してしまった人もいました。



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