第 14 話
            殴られた

 先日、ものすごーくお天気がよかったので、コニー・アイランドに行って、でっかい観覧車に乗ったんだよーん。と陽気なことでも書くつもりだった。そしたら、一転。その翌日にプエルトリカンのくそったれ女に殴られた。ので、今回はかなりシリアスに落ち込んでいる。こんなことを書かなきゃいけなくなってしまうなんて、いやはや一寸先は何が起こるかわからない。

 事の起こりは、アベニューCに住んでいる友達を訪ねたことから始まります。アベニューCとは、イースト・ビレッジのはずれの、まだまだ安全とは言えないエリアの一角。この辺りはドミニカやプエルトリコからの移民たちがいっぱい住んでいて、夏なんて夜中でもへっちゃらでブーン・ボックスからチャカチャカ音楽が鳴り響いている。ドラッグ・ディーラーも客を捜してうろうろしている。なぜかよく道ばたにハトがぺっちゃんこになって死んでいる。

 さて、その夜9時ごろ友達のアパートを訪ねると、いつものごとくビルのドアの前にプエルトリカンの女子供がたむろしていた。あー、うっとおしい、と私は心の中でチッと舌打ちした。ほんと、うっとおしいのよ。狭いドアの前の狭い階段に、何人もぎゅうぎゅうに座っていて、通り抜けるのにはちょっと息を整える必要があります。

 「エクスキューズ・ミー」。私は子供の間に足を差し挟むようにして、中に入ろうとした。「ちょっと!あんた!人の前を通る時はちゃんとエクスキューズ・ミーって言いなよ!」いきなし子供の母親らしき女が怒鳴ってきた。「私ちゃんと言ったよ!」ムッとして私もつい声を荒げて返してしまった。「何言ってんだよ!あんた、何も言わなかっただろ!」。言った、言わないの口論になってしまったのでした。が、しかしこうなるとコミュニティは強い。多勢に無勢。10人くらいいたプエルトリカンたち全員が「オマエは、何にも言わなかった!」と口をそろえて私を取り囲んできたのでした。

 ところで、私には悲しい習性がありまして、こういう危機に直面するとめっぽう強気になる。英語がペラペラになる。「私はね、ちゃんと言ったよ!ちょっと、そこのおばちゃん、あんた実は聞いたでしょ。えっ、どうなんよ!本当のことちゃんと言えよ!」私はいちばん気が弱そうなおばちゃんを目ざとく見つけ、詰め寄った。「い、言った気もする。で、でも、あんたはもっと大きい声で言うべきだった。きっと、みんな聞こえなかったんだ。」「じゃあ、あんた達は、そう最初から言うべきだったんだよ。言わなかったんじゃなくて、聞こえなかったからもっと大きい声で言え、と。そしたら私も納得したよ。」全員が黙り込んだ、と思いきや、いちばん最初に私に因縁つけてきた女が、いきなし「このくそったれチャイニーズめ!」と叫んで、私の顔面にバシーッとパンチ食らわせた!のよ!平手打ちなんていう女々しいものじゃない。顔面パンチよ。

 みんながキャーッ!と叫び、子供がわんわん泣き出した。男達も集まってきた。ところで、私は絶対こういう時泣かないという悲しい性格。「ふふん、あんた私を殴ったね。どうなんだよ!」ドス効かせて詰め寄る私。「な、殴った。」「よろしい。では、私はこれからポリスに電話する。」みんながキーキー絶叫する中を通り抜け、私はその場を去ったのでした。

 もちろんポリスなんか呼ばなかったけど、生まれて初めて人に殴られたショックが、それから数時間後にふつふつと沸き上がってきた。あれは、惨めな気分です。くやしさと恐怖が4日も経った今ですらはっきりと残っている。

 しかし、彼らがガンとかナイフとか持っていたら私はひとたまりもなかったわけで、死ぬということがあまりにもカンタンに起こっているエリアで、まともにケンカしてしまった自分が実はいちばん怖い、と思ったのでした。ああ、地味に地道に生きていかなくては、とちょっと気の緩んでいた自分を戒めた出来事でありました。  



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