第10 話
           ニコガム中毒

 何を隠そう、私は「ニコ中」です。つまりニコチン中毒のことでありますが、私の場合はタバコではなくニコチンガム中毒なのである。このニコチンガムにアディクトしてかれこれ1年と2カ月になる。そう、1年2カ月前ついに一大決心をし、それまで1日2パック、ひどい時は3パック吸っていたタバコをすっぱりやめた。

 超ヘビー・スモーカーのこの私にそこまでの決意をさせたのは、あの一昨年の悪夢のような厳冬のせいである。なんせあんた、零下40度よ。そんな夜にレストランに入り、体がようやくほこほこ暖まってきたころ、耳がちぎれそうなストリートにいちいちタバコを吸いに出て行かねばならない…。あのつらさったら…もう、さすがにうんざりした。私の場合、タバコ嫌いの友達が多かったせいで、必ずノースモーキング・セクションに座らされた。そういうわけで、私は次の冬が来る前にタバコをやめよう!と固く決意したのでありました。

 さて、一大決心をした私は、処方箋なしで角の薬局で買えるなら、いっちょ試してみるか、と安易な気持ちでニコガムに手を出してしまった。これが命取りになった。これは間違いなく体によくないな、とはっきりわかる味ですね。花火を食べたらきっとこういう味に違いない。しかも108個入りで50ドルもする。これを毎日6つも7つもくちゃくちゃ噛んでいるのだから、計算してみるとタバコを買うより高くついてしまうのよね。相変わらずまぬけな話である。

 ニコガムの威力は確かに強力でして、私は1年と2カ月、一本たりともタバコを吸っていない。かわりに、一日たりともニコガムなしでは生きていけない体になってしまったのでした。本来なら3、4か月できっぱりニコチンにおさらばするためのものなのに。「ニコガムやめるためのニコニコガムはまだ売られていないのか?」とかなり本気で店員さんに聞いたこともあります。しかしどうやら、私のようなまぬけな人間はやっぱりたくさんいるらしく、ニコガム中毒は新たな問題になってきているらしい。お手軽すぎるものにはやっぱり落とし穴があるものなのね。          

 ところで、どこのどんなレストランに行っても必ず、「一本だけ、こっそりここでタバコ吸ってもいいですか?」とお店の人に命乞いするカコちゃんって、すごいなぁ、といつも感心させられる。もちろんお店の人は苦笑しながら「ノオォー!」と言いますが、それでもカコちゃんは必死で食い下がる。「おかしいなぁ。マクドナルドだと、じゃあ一本だけだよ、って目をつぶってくれるんだけどなぁ。」あのなー、一体どこのマクドやー!しかし、スモーカーにとっては生死にかかわるくらい大切な問題なのである。ご飯の後の一服くらいゆっくりテーブルで吸いたい。なんとささやかな夢じゃないか。

 スモーカーたちはビルやレストランからわらわらと出てきて、寂しげな面もちでタバコに火をつける。なんでこんな肩身の狭い思いをして生きていかねばならないのだ、とみんな一言言いたいのだが、世間の冷たさもよくわきまえているから、黙って外に出て、風の方向に気をつけながら煙を吐く。私はそういう彼らを横目で見ながら、そういえば私にもあんな大変な時代があったなあ、とゆっくりニコガムを噛みしめる。優越感と一緒に、実はインチキしちゃってますという妙な後ろめたさがつきまとう。しかも、このお手軽感…。

 いきなし私は、こっそりフェイスリフトをやったような気分におちいって、足早にその場から立ち去ったのでした。いやはや、何はともあれ、アディクトはこわいぞ。



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