第 9 話
        ヘンテコな体験

 ニューヨークにはストリートを歩き回る、という楽しみがあります。なんせ狭いマンハッタンのこと、気がつくと60ブロックくらい平気で歩いていたりします。でもって、道を歩いているとなんだかヘンテコなことにぶち当たることが私の場合、多い。

 その夜、待ち合わせした場所でうまく友達と遭遇できず、ぐったり疲れ果て、お腹すかせてとぼとぼ帰路についていました。すでに夜の10時すぎ。その日私は朝から何にも食べていなかったのよね。あーあ、なんてアンラッキィな日じゃ、と私はクダ巻きながら、いらいらと信号待ちしていました。ふと隣りをみると、バーガーキングの袋を持った男の子が立っている。お腹をすかせた私の目はその袋に釘づけになってしまいました。ああ、いやしい顔つきをしていたに違いありません。 

 その男の子は、ぎくっとして2、3歩後ずさりし、しかし同情をこめて恐る恐る聞いてきてくれた。「もしかして、お腹空いてるの?」「そう、腹ペコなのよー!」「あ、あの、もしよかったら、このバーガー食べる?」「もちろん!」

 結局、その袋の中には彼のディナーのハンバーガーがひとつしか入っていなかった。それを私にくれようとしてくれたなんて、この子、すごくいい子だよね。でも、さすがにいやしい私も、ひとつしかないディナー用ハンバーガーを奪うだけの勇気はなく、丁寧にお断りした、ら、「じゃあ、そこのチャイニーズのお店に行こう。あの店、おいしいんだよ。」とにこにこ笑って、角にある小さなお店に私を連れていってくれ、たらふくごちそうしてくれたのでした。

 さて、そこでいろいろ話しているうちに、彼は近所のアンジェリカ・フィルムセンターという、ヨーロッパ系のいい映画をいつも上映しているシアターで働いていることがわかった。「もしよかったら、これから映画観ていかない?こっそり裏口から入れてあげるよ。」「もちろん!」断るということを知らないど厚かましい私は、ノコノコとついて行き、裏口から堂々と中に入り、一本映画を観せてもらったのでした。

 さて、映画を見終わった後、仕事を終えて待っていてくれた彼としばらく散歩をしながらおしゃべりした。話しているうちに、彼はダンスの先生もやっていることが判明。へぇー、と驚く私の手をいきなり取るや、「はいっ。ンッ、チャッ、ンッ、チャチャッ。」とサルサを踊り始めた。くるくる回され、空に放り上げられ、私は一体何なんだー状態。通りすがりの人たちがおもしろがってほめてくれたりする。パチパチ拍手してくれる人もいる。恥ずかしいからやめてくれ、と頼んでも彼は真剣そのもの。「違う違う、ほら、ステップは右足からこんな風に。」とかなんとか、しっかりダンスの先生になっている。        

 30分も踊っていたでしょうか。時計を見ると、なんと午前2時。こんな時間に道ばたで見知らぬ男の子とサルサを踊る私…。腹いっぱい食わしてもらった上に、タダでいい映画まで観て、その上道ばたでサルサ。こんな上等の夜が味わえるなんて、ああ、なんてラッキィな私。いつでもアンジェリカの裏口から入れてあげるから、またおいでよ。とアパートまで私を送り届けてくれた彼はニコニコ手をふって、去っていきました。

 こういう話をすると、はっきり反応がふたつに分かれます。大喜びしておもしろがって聞いてくれる人。顔しかめて、「そういうの、すごく危ないよ。」といましめる人。あとは運がいいか悪いかだけだよな、とわかってきた私。

 道ばたには何かしらお話がころがっています。いいお話になるか、おもしろいお話になるか、悲しいお話になるか、つらいお話になるか、ぜんぜんわからない。でも、このニューヨークのうす汚い、おしっこの臭いの漂う、でこぼこストリートから、きょうも何かドラマが生まれていることは確かです。やっぱり私はこの道ばたが好きだなあ。



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