第 6 話
      悪漢アルトロ/その3

 私がアパートを追い出される前日、階段の窓にでかい風穴があいた。「やれやれ、ヘンリーおじさん、やってくれたな。」

 ヘンリーおじさんは私と同じ階に住んでいました。あまりうまいものを食っていないな、と思わせるひょろ長いやせた体に、いつもぴったりはりついたレザーのパンツをはいていて、妙に背筋がしゃんとしているおじさんです。

 彼の部屋に遊びに行ったことがある。そこは昼間だというのにどんより薄暗く、かび臭い。脱走を企てる囚人も絶対逃げられないような、鉄条網と鉄格子を組み立てたもの(としか言いようがない)が窓を厳重にガードしているのが、まず目についた。「手作りなんだ。」とヘンリーおじさんは恥ずかしそうに笑いました。

 あやしい奴をガブッとやるようにしっかり訓練してあるという、黒光りするでかい犬が2匹、暗い部屋の隅でじっと私の方を見ている。やはり、この人、ただ者じゃないな。ベトナム戦争帰りでメンタリィ・シックにかかっているというウワサ通りの、ちょっとあぶない人でした。

 彼とはすぐ仲良しになった。ある日、部屋のカギを内側からかけたままドアをロックしてしまい泣きべそかいていたら、通りかかったおじさんは、クレジットカードをドアの隙間に差し込み、こちょこちょ何度かスライドさせ、あっという間にカギを解除してくれた。その手口は間違いなくプロ、でありました。「こんなカギ、すぐ開くよ。」とニヤッと笑った。それ以来私たちはすごく仲良しになったのでした。

 私たちは階段に腰掛け、一緒にアルトロの悪口を言い合ったものです。そうなのよ、彼もアルトロにはいろいろムカつく目に合っていたのです。というのも、彼のガールフレンドがブラックだから。彼女が来るとアルトロは露骨にイヤな顔をし、「おまえのボーイフレンドはアタマがおかしいから、もう会いに来るな。」なんてとんでもないことを彼女に言ったそうだ。彼女に、シッシッシッと追っぱらいアクションをやったこともあるらしい。

 「ぶっ殺したる!」。私が黒い人と歩いていたために追い出されることになったことを告げると、ヘンリーおじさんは青白い顔を真っ赤にして、本気で犬の鎖をジャラジャラはずそうとした。私、その時、この人ってなんてマトモなんだろうって、感動しました。この人全然病気なんかじゃない。そうよ、やっちまえ!って言いたくなるもん。

 そう言うわけで、私はこの窓のひび割れた大きな穴を目撃したとき、すぐわかったのでした。「あーあ、ヘンリーおじさん、ホントにやっちゃったんだ。」だがしかし、まあ、犬たちがアルトロを食い殺さなかっただけいいか。

 確かに怒りのあまり窓をブッ壊しちゃうなんて、マトモじゃないでしょう。こんなことするから、彼は周りからも頭のおかしい危ない人とビビられている。でもね、少なくとも私にはよっぽどこの人の方がマトモに見えました。黒い人と歩いていたからアパート追い出されるなんて理不尽なことに対して、窓をたたき割っちゃうくらいちゃんと「怒り」を感じるこの人は、かなりマトモだと私は思います。

 小金持ってて、きちんとしたお仕事も持っていて、「ちゃんとしている」アルトロの方が実はよっぽどフツーじゃない。白だの黒だの、そういうことで人を見るなんてことは、マトモではない。そんな理由で人を決めつける奴なんて、できれば犬に片足くらい食いちぎってもらってもよいのだ。

 さて、こういう事件があって何カ月か後、私はとんでもない事実を人づてに聞いてしまいました。この「ちゃんとしている」アルトロくん、なんとイタリアマフィアと固く結びついた筋金入りのドラッグディーラーだったのでした。こいつはマトモじゃないどころでなく、とんでもない食わせ者だったというわけです。やれやれ、この最後の大どんでん返しで、しっかり一本とられた私でした。



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