第 3 話
        きびしい生活
          

 ここに来て2週間がすぎた頃、すでに私には「ニューヨークのきびしさ」というものがわかってきた。たとえば、エレベーターなしの5階の部屋は、女がひとりで生きて行くにはあまりにきびしい。来たばっかりだから手伝ってくれる友だちなんていやしなかった。毎日ナベだのイスだの、いろいろ新生活用品を抱えては、ひとりでぜいぜいと5階まで上っていくきびしさ…。私は腰を痛め、内股にひどい股こりができてしまった。

 ここに来る前に、「ニューヨークはきびしいよ。」とか「あそこで生き残るのは大変だよ。」とか、真剣な顔でみんなに言われ、それって、夢破れてアル中になってしまうとか、自分を見失いドラッグにおぼれ、気がついたらホームレスになっていたとか、その手合いのことなのかなぁ、とドキドキしていたものよ。ああ、私もニューヨークのきびしさというものを体験できるのね!なんて。今考えるとなんてアマちゃんだったことでしょう。

 今はっきり私にはわかった。ニューヨークのきびしさ…それは重い荷物を毎日5階まで運ぶこと。(私はテレビや電子レンジだって運んだぞ。運送費は別料金なんて許せないもん。)ニューヨークのつらさ…それは曲がった窓にブラインドを取り付けること。(そうなのよー。窓が曲がっているんだよー。)私は決してお嬢でもなければ、オトコにチヤホヤされた人生送っていたわけでもない。女手一つで何だってやって来たものよ。その私がため息ついて弱音吐きたくなったのよ。だって、なんで買ったばっかりのロールカーテンに穴が開いているのだ。なんでブラインドの羽を、曲がった窓に合わせて切っていかねばならないのだ。もういい加減にしろー、と言いたくもなる。

 「期待しちゃダメよ。もしや、なんて期待しちゃダメ。でもね、ついつい希望を持ってしまうのよ、今度こそは大丈夫かもって。ふふ、信じた私がバカよね。」ニューヨーク在住歴3年のマサコは自嘲気味にこう言った。この発言、実は組立家具を買うときの心構えについてでありまして、彼女は部品が全部揃った組立家具にあたったことがないらしい。最後の1本のネジが足りないために、またお店まで出向いていくのだ。私の場合はなんとラッキーにも止め金が3個余分に入っていた。この分、どこかで誰かが泣いているかと思うと胸が痛んだが。

 そういうわけで、こっちに来て一気に大工道具が増えました。ペンチ、ドリル、クギ、パテ、ペンキにハケ。ニューヨークのアパートはなんせ古いので、壊れやすい。トイレの水が止まらなくなったり、水漏れしたり。いつもどこが壊れている。どこのアパートにも、スーパー(管理人さんのことです)はいるんだけど、彼らは手を抜くことしか考えていないからアテに出来ない。出来ることはさっさと自分で直したほうがよっぽど早い。故に大工道具は増えていく。私なんて、トイレのタンクだって自分で直せるまでになっちまったよ。バスルームにでかい穴が開いているのを見つけた時なんて、一日がかりでセメントを塗りこんだものです。

 「私、一体ここで何やってるんだろ。」なんてふっと、ヘラを持つ手を止めたりしてはいけません。そういうことを考え始めると、どつぼにはまっていきます。とにかくこの穴を埋めてしまおう。それでいいんだ、それで十分だ、と鼻歌でも歌って自分をごまかしましょう。そう、こうやって、みんな強くたくましくなっていくのよね。


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