第 2 話
      ゲーッ、ウソだろー!

ウソだろー。と思うようなことが平然と起こる街、ニューヨーク。常識のワクなんて果てしなくありませんから、この「ウソだろー」に慣れるために、かなり鈍感にならなくてはいけない。

 買ったばかりの掃除機がいきなりボワンッ!と煙を吐いた。「ウソだろー。」私はボー然と立ちすくむ。そんなぁ、そんなことがこの先進国で起こるわけ? よろよろと重い掃除機抱えて、取り替えてもらいにまたお店に行く。しかし、私がこれを買ったお店は、あやしいインド人が働いているディスカウントストア。こういうお店で買ってしまうともう無理ですね。「買ったばかりなのに、ぶっこわれた。」と説明しても、「おまえが手荒いマネをしたにちがいない。」と全く相手にしてもらえない。買ったばっかりの掃除機が煙吐いたのよー。日本だったら5分でメーカーがお取り替えに飛んでくるよね、ビール券持って。

 この「ウソだろー」にもそれなりのレベルがありまして、実はこの掃除機事件なんて軽いものです。友達のヒトコなんて、West 4th のサブウェイ・ステーションでなんと、ウンコしている人を目撃してしまった、しかも二度も。駅の階段の陰にしゃがんで、ふんばっていたそうです。私もプラットホームでオシッコしている人なら何度か見たことがあるけど、ねえ。これをお読みになっているあなたもきっと、たった今こう叫んだに違いない。「ゲッー、ウソだろー!」。

 こういうことが日常当たり前に起こるので、ぐったり疲れ切ってくる。そしてどんどん鈍感になってくる、なるしかない。ここで生き残るためには、いちいち気にしていたんじゃ身が持ちません。落ち込む前に、見て見ないふりをしたほうがどうやら健康にもいいようだわ、と悟ってくるのです。

 でもね、たまにはうれしい「ウソだろー」もあります。

 私が以前住んでいたアパートメントは、ツーリストたちが年がら年中賑わうブリーカー・ストリートのすぐ近くでした。しかも私の部屋はそのうるさい通りにほぼ面していたので、特にウィークエンドともなると朝までどんちゃんお祭り騒ぎが続くのです。

 それは真夏の夜の土曜日。ぼけっと立っているだけで、脇の下がびちょびちょになるような、そんな典型的ニューヨークの真夏の夜でありました。その夜は、このブリーカー・ストリートが夏の熱気と若い人たちのエナジーでことさら賑わっていました。

 さて、今夜は異常に盛り上がっているじゃないか、と私がアパートの5階の窓から通りを見おろすと、ひどい大渋滞で全くクルマが進んでいない。いらつくクラクションの音に混じって、カーステレオから流れるどでかい音楽もひときわすごいボリュームであります。時刻は早朝3時。ご近所迷惑なんて言葉はどこにも存在しないようです。

 そして、その時、私は見た。渋滞待ちでいらいらしちゃったブラックのにーちゃんが、クルマの窓からはい出してルーフによじ登ったと思ったら、なんと音に合わせてそのルーフの上でピョンピョン踊り始めたじゃないの!しかも、超かっこいい!クラブでいつも目立っているような奴に違いない。しかし、クルマの屋根でかっこよく踊りながら渋滞待ちするなんて、こんな奴、私は今まで見たことないぞ。しかもふざけたことに、近くを歩いていた奴らも大喜びしちゃって一緒に踊っているのよ。おいおい、誰か注意しろよー、であります。

 窓にへばりついてことの成りゆきを見守っていたら、とうとうお向かいさんがベランダに出てきた。常識ある私としては、「バカヤロー!一体何時だと思ってんだー。静かにしろ!」と彼が叫ぶ図を想像した。ところが、ベランダに出てきたお向かいさんは、なんと「イェーイ!」とか大はしゃぎして、ノリノリにノッてこいつもまた踊り出してしまった。                                   

 こうして早朝3時のダウンタウンでただ一人、私だけが空しく「ウソだろー!」と叫び続けるのでありました。しかし、これはもう一本取られたなあ、あはは、という気分でしたね。このわけのわかんない脳天気なノリには、誰だってもはや笑って一緒にうれしがるしかないでしょ。こんな「ウソだろー」があるからニューヨークは底知れないのよね。


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